気まぐれ


side:宮田






「ふぅ…………」


カタリ、


ペンを静かに置いて、一息つく。

休診、と書かれた、札とは矛盾するように、今日は朝からここ………病院に引きこもって、仕事をした。

昨日は突然、神代が仕事を入れてきたおかげで、全くといっていいほど、病院の仕事に手がつけられなかった。

別に、月曜日に片してしまえば良かったのだが、自分の性格上、仕事が溜まるのは嫌いだ。


非常に不服だが、何時間もかけて、多くの書類に目を通しては、サインやら、書き足しやらをしていっていた。


しかし、気づけば、すでに時計は1時を指していた。

さすがに、休日の昼間まで仕事と、間接的ではあるが神代なんかに取られるのは、何となく苛つく。


「今日はここまでにするか」




朝は、積み上がってた書類が今では10枚やそこらになっている。

この程度なら、30分くらいあればこなせるだろう。
明日に回して、とりあえず昼食をとるべく、椅子から立ち上がった。


今日はもう、病院に戻ることは無いだろうから、荷物を纏めて、冬物のコートと黒と青の、美奈から貰ったマフラーを首にまいてから、ドアに鍵をしっかりとかける。


ガチャリ、と軽い音を立てて閉まったドアを背に病院を後にした。



「暑い…………」



外に出ると、気温はまだ低いのだが、日差しが強いせいでか、わずかに暑く感じて、着込んだコートを脱いだ。

こんなに暖かくなるなら、もっと薄地のモノにすれば良かったと後悔しても、今更なものだ。


とりあえず、何か食べる物を買うために、羽生蛇村唯一のコンビニに入る。


いらっしゃいませ、などという店員のやる気のない返事と、自分を見て僅かに歪んだ表情を無視して、おにぎりを2つ、そして、牛乳と水と野菜と栄養価の長そうなパンを一つ買って、早々に店を出た。


立ち食い、ということは気にせず、店を出てすぐ、袋から、おにぎりを出してかぶりついた。


パリッと、ノリの音が響いてから、ご飯の甘味が口に広がった。

具は、まだ出てくる様子がない。

とにかく、店を出ようと買ったからか、具の中身を確認してなく、好き嫌いの多い自分にとってはロシアンルーレットのような感覚だ。



二口目を食べようとしたとき、目の前に、青い、警察服を来た人物が目に入ってきた。



「あ、宮田さんだー」

「……どうも」



石田さんだった。
しゃがんだ状態でこちらを見て、へらりと笑う。



見事な馬鹿面だった。



「どうされたんですか、こんな休日の昼間に、職務放棄をして。」


馬鹿面、という所は隠して、彼に聞く。


「職務放棄じゃありませんよっ!!休憩時間なんですっ!!っていうか、宮田さん今すごい、バカを見る目で見てましたねっ!!?」


彼ご自慢のマシンガントークを披露される。



「ああ、バレてましたか。」



表情には出していなかったのだが。

「そりゃバレますよっ!!」



牧野さんや淳様なら、確実に気づかないのに。



「しゃがみこんで、何をしてるんですか?」



食べ物を貪っているようには見えないし、かといって、彼が休憩時間を惜しんでまで、仕事をしているとは、到底考えられない。

石田さんに質問すると、彼はパッと顔を輝かせて、こちらからは死角になっていた所を見せた。



「これです、猫!子猫!」

「ああ、本当ですね」



隠れた所からひょっこりと顔を覗かせたのは、小さな猫だった。

親になった猫より、幾分高い、小さな声で鳴いて、こちらを見つめる。



「かーわーいーいっ!!あ、そうだ宮田さんっ!!ちょっと並んで下さいよ」

「どうして」

「俺の好きなモノが2つ並ぶなんて素敵じゃないですかっ!!」

「丁重にお断りさせて頂きますね。」



希望をかなえられず、落ち込む石田さんを余所目に、銀色の皿を見る。


「牛乳ですか?」

「あ、はい」


中には、皿の底も見えないくらい白い牛乳と、そばに『おいしい牛乳』と書かれた、牛乳パックが置いてあった。


「お腹すかせてるみたいなんであげようかなーって。」


なるほど、彼らしいと言ってしまえば、彼らしい行動だ。


「そうですか。」


「はい……………って、ああああああああああああああっ!!宮田さんっ!!?」



私はそれだけ言うと、その銀色の皿を蹴って、中身をぶちまけた。

大きな音が、響いてから地面に吸われていく、可哀想な牛乳。
それを涙目で見る石田さんを眺める。



「うう……宮田さんのバカぁ………どうしたんですか急に……………………」

「いえ、別に。」

「はっ、まさか『猫ばっかりじゃなく、もっと私の方を見て下さいよ………』っていうデレ期アピールですかっ!!分かりました宮田さんっ!!」

「早く、仕事に戻ったらどうですか?」



アホな妄想をする石田さんに、時計を見せる。

時間を見て顔をサッと青くした石田さんは、失礼します、とだけ言って、交番の方向へ走っていった。



「まったく………」



彼を見ながら思わず呆れてしまう。

銀色の皿をもちあげて、安っぽいコンビニの袋から、牛乳を出し、それに少しだけ注ぐ。
少し軽くなった牛乳パックを袋の中に戻して、今度は水を取り出す。
牛乳が入った銀色の皿に、今度は水を注いでいく。
そこが僅かに見える程度の薄さになった時に、猫にそれを与えた。



ピチャピチャと、目を細めて牛乳を舐める猫の頭を撫でる。


「あの人は、猫が人間の牛乳をそのまま飲んではいけないことも知らないんですかね?」


答えるはずもないのに、猫に問いかけるように話しかけた。


バカみたいに優しいくせに、空回りしか出来ない、器用そうで不器用な彼の行動に毎回のことながら呆れてしまう。


「にゃー」


ミルクを飲み終えた猫が、手のひらに顔を擦り寄せてきた。



「宮田さーんっ!!仕事抜けて来ちゃいましたーっ!!って、かわいぃぃぃぃぃっ!!?」



猫の頭を撫でていたら、騒々しい人がまた、戻ってきた。



「抜けてきたんじゃなく、サボったんでしょう?」

「細かいことは気にしない方向でお願いしますっ!!そして、すごく可愛いです宮田さんとにゃんこ!」



手のひらにはまた、牛乳パック。
石田さんはどうやら子猫をどうしても体調不良にさせたいらしい。


「石田さん、ご存知ですか?」

「何がですか?あ、宮田さんと猫が一緒にいると可愛いって事をですか?もちろん知ってますよ。」

「違います。もう良いです。」


猫を立たせて、石田さんの魔の手から非難させるように、歩かせる。

にゃあ、と一回鳴いて後ろを見てから、それ以降はこちらなど見向きもせずに、歩いていってしまった。


「あああー、にゃんこー………」


残念がる彼から、帽子を奪って、自分の頭に被せる。

さっきまで猫に向いていた目線が、自分に向かってきて、少し満足感を得た。


「牛乳、無駄になりましたね」

「うー、どうしよう……俺、牛乳嫌いなんですよ………」


帽子が無くなったことで、癖っ毛がありありと出た彼の髪が重力に逆らうようにふわふわと動く。



「じゃあ、料理か何かで使ってあげますよ」



どうせ、今日はもうどちらかの家に泊まるだろうし。


「え、じゃあ俺、あれがいいですっ!!コーンスープっ!!」

「ずいぶん、簡素な物を………」

「宮田さんの作るコーンスープ、おいしいんですもん」



バカみたいに笑う彼を見てたら、こちらまでバカになった気分になってくる。



「そうですか」



こんなバカな気分も、たまにだったら良いかもしれない。






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