side:美耶子




「………寒い」

「知らん」




まだ寒さの抜けきらない、4月。

始業式から4日たって、やっと、私は慣れない高校生活に馴染んできた。

初めは、心配だなんだと、ギャアギャア騒いでた、淳と恭也も、最近は、少しずつ私に自由をくれるようになった。


といっても、視界の無い私は、移動もままならない状態だ。
だから、登下校や、移動教室に行くときとかは、いつも、恭也か、淳か、亜矢子がいた。



今は、学校から帰る途中。

珍しく部活の無い恭也と一緒に私は帰っていた。


バカなのか、何なのか、セーターもマフラーもつけていかなかった恭也。
いくら春になったと言っても、やっぱり防寒具がないと寒いに決まってるのに。





       Act10.





「美耶子ー、あっためてよー、愛がほしいっ!」
う……よくも、そんな簡単に恥ずかしい言葉を恭也は口に出来る…………。


「わー、美耶子、顔真っ赤ー」

「こっち見るなっ、変態っ!!」



変態って…と言いながら落ち込む恭也を無視して、私は歩き始める。



「ちょ、危ないよ、美耶子っ!!」


慌てて心配そうな声を恭也はあげる。

ふと気になって、
幻視で見ると、
恭也はものすごい速さで、私に近づいてきていた。
ちょっと怖かったから、恭也が来る直前で避ける。

と、恭也は綺麗に顔面から地面とこんにちはをした。



………ずいぶん情けない


「いたぁぁぁぁっ!!?」



涙声で叫ぶ様子まで、牧野にそっくりで思わず吹き出す。


「き、恭也っ、牧野みたいっ」


止まらない笑いの合間合間に言う。


「えええっ!!?っていうか、痛いっ!」


今にも泣き出しそうな表情で、こっちを見てくる恭也。

さっきまでは、平気そうだったのに、今は本気で痛いのか、小さく息がつまる音みたいなのが聞こえてきた。



さすがにやりすぎた……



「大丈夫?恭也…」



痛そうな声に思わずしゃがんで、顔を見る



といっても、私には、恭也の顔どころか、姿すら見えない。


傷の程度を知るために、手を、傷口に触れようと伸ばす


時だった。


「……あ」


恭也が小さく声をあげた。


「……恭也?」


声をかけても返事は無い。


………どうしたんだ?



幻視を使って恭也の視界を盗み見ると、
正面から、宮田が歩いてきていた。

いつもの曇ったガラスみたいな目をして歩く宮田は、見ていて、なんとなく怪我をしている恭也よりも心配になる。


「…どうも」


向こうも気づいたみたいで、ぺこりと軽く頭を下げた。


「宮田先生、今日は仕事早いね」

「そうですね、アナタ達は何をしているんですか」


宮田が不思議そうに私がいる方を見て、恭也の鼻の頭の傷をチラリと見る。



「美耶子に、いじめられたんだ」

「違うっ!!」



むぅ………自分で転びにいったクセに、何を私に責任を押し付けてるんだ、バカ恭也はっ!!


「それはスゴいですね」


宮田も宮田で悪ノリしてくる。

何なんだこいつら
私のことを、バカにしてっ!!



「……恭也のイジワル」

「ごめんね」



笑い混じりに謝られる。

まったく、謝る気が感じられないけれど、追求した所で無駄なんて、知ってるから、無視する。



「……………あ」



突然、恭也の声のトーンが低くなった。

マズい事が起きた時のトーンだ。


「……どうしましたか?」


宮田が、私の代わりに聞く。







「学校に忘れ物した………」






「はぁ…………」





あまりにも、バカみたいな言葉に思わず溜め息をついた。

神妙な顔で言うから、よっぽどマズいことが起きたと思ったのに…………



「宮田先生、このまま帰るつもりっ!!?」


恭也が物凄い形相をしているのが、言葉尻から伝えられる。


「ええ」

「じゃあ、美耶子と一緒に帰ってくれないっ!!?」



宮田と、か。

私的には、特に問題は無いけれど、あっちは嫌がる気がする。それは、それで悲しい。



「ええ、良いですよ」




意外にも宮田は二つ返事で了承してくれた。


「ありがとっ、今度なんかお礼しますっ!」


そういって恭也は走っていった。







「肩車?」


宮田と帰り始めて、数分、私は、今、宮田の視界を通して帰り道を歩いていた。

恭也と違って、コロコロとせわしなく視界が動くことはなく、すごく見やすい。



「してもらったことない」



雑談をしていると、いつの間にか、肩車の話題に移っていた。



「……どうしてですか?」



宮田がしごく当然の出来事を聞いてくる。


「私、お父さんとお母さんのこと、あんまり知らない」


盲目として生まれた私は、父親や母親に、冒険をさせてもらえなかった。
やれ危ないや、やれ無理だと、なんでも否定された。


「肩車も、落ちたら受け身がとれないし危ないってことで、してもらえなかった」


特に面白くも、何ともない話。
それに、宮田は黙って静かに耳を傾けていた。



「そうですか。」



しかし、返事はあくまで生返事。

興味があるのか、ないのか、美耶子にはまったく分からなかった。



「肩車、一度で良いからやってみたい。見える見えないじゃなくて、あの感覚をしりたい」



小さな願望。
馬鹿げていたせいで、誰にも今まで、言ったことのない願望を、なぜか宮田に言ってしまった。



「やってみますか?」


………ヤッテミル?


「は?……きゃぁぁっ!!」



何事っ!!?

体がふわりと浮く感覚。






きづけば、私は、宮田の肩の上にのせられていた。




「どうですか、肩車。」

「ぁ、肩…車………?」



宮田が、聞いてきた。


宙に浮かんだ足が、手持ち無沙汰にブラブラと動く。

宮田のふわふわした、茶色の髪の上に顎をのせてみる。


なんだか、不思議な安心感があった。



「なんか、変な感覚だな。」

「そうですか」



ブラブラと、肩の上で動く足を、気にも留めずに、宮田は歩き出す。


「肩車なんて、単純な物ですからね。屋上にのぼれば、肩車の高さなんて簡単に超えられますし。」



そうだ、
もっと良いものかと思ったが、そんなこともなかった。



ふと、視界に二つ、いや一つの影が入ってくる。



「……………」

「……どうされましたか?」



いつも見る影より、もっと大きな影。



うん。




「やっぱり、私肩車好き。」



「そうですか。」



単純な会話は、空気にとけて消えていった。
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