神様!
※美耶子とケルブは生きている設定です。
冬、突き刺すような寒さが体を襲う。
ジクジクと痛む腕を軽く押さえながら、須田恭也は神代宅にいた。
「恭也のばぁぁぁーか」
まだ幼さの残る、高い少女の声が部屋に響いた。
美耶子は、痛々しい傷口を見つめながら、包帯を不器用ながらも、クルクルと巻いていく。
「え、オレ泣きそう。」
突然バカ呼ばわりされた須田は、情けなく眉を下げながら、美耶子の方を見た。
美耶子は須田のことなど、いないかのように、言葉を無視して、ただ包帯を巻く。
慣れないことをしているせいで、ぐしゃぐしゃになってしまう包帯を、解いては整え、解いては整え、丁寧に少しずつ巻いていく。
(私も、屍人と戦えたら………)
毎日、朝になったであろう時間帯に、
異常とも思えるほどの量の武器と宇理炎を持って出て行き、
夕方にボロボロの姿と身一つで帰ってくる須田。
いくら神代の力で不死になったとは言え、痛みや傷はある程度残る。
いつも帰ってくるころには、あるくのがやっとの状態で帰ってきて、
フラフラとなりながら『平気』と言う須田は、美耶子から見れば、まったく平気には見れない。
そのたびに、自分が戦えればどれだけ良いかと思ってしまう。
時々、ここにやってくる安野と多聞は、いつも二人で戦っていると美耶子は聞いていた。
自分は、安野と違い、戦う力も、目もない。
美耶子はいつも、須田に守られるしかない、自分をひどく無力に感じていた。
「ばーか、ばかばか、戦闘ばーか、打撃ばか、武器ばか、ただのばか」
「ちょっ、美耶子……ただのばかって…ただのばかってっ!!」
須田は、傷ついていても、いつも変わらず、ヘラリと笑って帰ってくる。
美耶子に安心感を与える為に、作って見せるその笑顔は、美耶子を苦痛にしか追いやらない。
(たまには、弱音も吐いてほしい)
唯一、自分を村の呪縛から救ってくれた人間。
大事な相手に、何一つしてやれない自分が、美耶子は情けなくてしょうがない。
笑顔を見れば、見るほど、自分の無力さが身にしみて分かってきていた。
「美耶子、どしたの?今日は。やけに機嫌悪いね」
困ったように笑いながら、須田が聞いてくる。
「……うるさい、動くなっ……………バカ」
動いた拍子に、ズレた包帯を美耶子は、ぎこちなく直した。
クゥン、と、小さくケルブの鳴き声がする。
ケルブは心配そうに傷口に鼻を寄せて、須田を見上げた。
「大丈夫だよ、ケルブ」
クシャリ、とマメだらけの須田の手がケルブの頭を撫でる。
気持ちよさそうに尻尾を上下させて、ケルブはワンと一つ吠えてみせた。
「………………」
ピタッと美耶子の包帯を巻く手が止まる。
暗い面持ちで、俯いた美耶子は、軽く須田の傷口を叩いた。
「い゙っ!………美耶子?」
軽い刺激にも、強く反応する痛みに、須田は思わず顔を歪める。
いつもと違う美耶子を不思議に思って、顔を覗きこむと、
今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「美耶子っ!?どうしたのっ!!?くっそーっ!誰だオレの美耶子を泣かせた屍人はっ!!!」
何を勘違いしたのか、傷だらけの体で、宇理炎片手に再度戦いに行こうとする須田。
しかし、美耶子はそんな須田を止める素振りも見せない。
包帯が手から離れた。
真っ白の包帯があっけなく、床に転がる。
「………痛いんだ」
「………え、美耶子怪我したのっ!?」
うずくまって、小さく呟く美耶子を心配そうに須田は見つめた。
「してないに決まってるだろバカ」
「よかったぁぁぁ…ビックリさせないでよ美耶子ー」
安心して、須田は胸をなでおろす。
「けど、痛いんだ……」
今にも泣き出しそうな声で美耶子は言う
「……………………」
ポツリポツリと吐き出される言葉に、いつもはマシンガントークを炸裂する須田も押し黙った。
長い時間をかけて紡ぎ出される言葉を、一字一句聞き漏らさないかのように、静かに、美耶子の言葉に耳を傾ける。
「…お前が、傷つくたびに、痛いんだ……」
「……いたいし、つらいし、くるしいんだ…………」
「どうして何も出来ないんだろうって」
「痛いんだ」
「…………バカ恭也」
膝を抱えて泣き始める美耶子。
「………………?」
その頭の上に、手のひらが乗せられた。
乱雑に撫でられるせいで、真っ直ぐで、サラサラだった髪はみるみるうちに乱れていく。
(あーもうっ!!可愛いなぁ美耶子っ!!)
涙を流す美耶子をよそに、須田は、顔を手で覆い、にやつく口元を隠した。
自分の為にこれだけ苦しんでくれる美耶子が好きで大好きでたまらなく、
抱きしめたい衝動を、頭を撫でることで必死に発散させる。
「恭也………?」
見上げてくる美耶子に、いつものように笑顔を見せながら、
『平気』の一言は出さずに、
須田は、ただひたすら、頭を撫で続ける。
しばらくして、手のひらを頭から離すと、美耶子の目の前で手を一度合わせ叩いた。
「!!?」
大きな音に驚いて、目を丸くする美耶子をよそに、もう一度頭に手をのせて、須田は口を開く。
「オレ、美耶子が泣く方がよっぽど辛いなぁー。
あーあ、美耶子が泣いてるの見てたら、オレも辛くなってきたなー。やだなー。
美耶子笑ってくれないかなー。」
誰がどう聞いたって、演技くさったその言葉を、須田は笑いながら口に出す。
「ほら、笑って」
優しい笑顔に、涙が溶かされていく。
須田のマメだらけの手のひらに、美耶子は、自分の小さな手のひらを重ね合わせた。
目を合わせて、明るく笑ってみせる。
口を大きく開いて、冷たい空気を肺にいっぱいまで入れて、美耶子は叫んだ。
「ばーかっ!!」
「…………え、美耶子、泣くよオレ?」
傷口の痛みはもう、無くなっていた。
神様!
彼女の笑顔がほしいです!