side:石田
壁の向こう側に行く方法、っていうのはたくさんあると思う。
例えば、回り道をして、裏側から会いに行くだとか、
例えば、壁をよじ登って上から会いにいくだとか、
例えば、壁を壊して、正面から会いに行くだとか、
なら、俺は、壁を壊して会いに行きたい。
ちょっとずつ、
そう、少しずつ、
みんなで、壁を壊して
最後、ついに壁が壊れた時、
瓦礫となった、壁の山を見ながら、
よく、こんな高い壁を作ったものだねぇ、
なんて、笑い合いたい。
これは、大人としての、そして生徒としての、俺のワガママ。
act9.
「石田。これ宮田の洗濯物、片付けておいてくれ」
夜、学校から帰ってきて早々に、家事を始めた淳君。
冬休み明けの、初回の授業の後から、早速、家に帰って家事をやる彼に、俺は尊敬の念すら抱く。
というか、淳君は、だんだん主夫化していくなぁ……
しかも、妙に、様になってるし。
「了解ー。」
洗濯物を見ると、一番上には、須田君のTシャツと、体操服。
春休み中も律儀に部活に勤しんでたのか、ところどころ、洗濯では落としきれなかった汚れが見える。
俺なんかが彼くらいの頃には、部活なんて頭に無いくらい、遊びほうけてたのに、須田君は、自分が入る部活で思いっきり青春を謳歌している。……羨ましい。
まっすぐ廊下を歩いて、須田君の部屋へと向かう。
ピカピカに光る廊下の床は、
淳君と、今はダウン中の美奈ちゃんの、懸命な掃除の賜物だ。
二人が来る前は、いかにも学生寮っていう感じの、汚れ具合だったのを、俺は今でも覚えてる。
洗濯物を落とさないように、慎重に運んで、やっと須田君の部屋につく。
「……………あちゃー」
ドアの前まで来て、俺はやっと、両手が洗濯物で塞がってて、ドアノブが回せないことに気付いた。
どうしようかと、頭を巡らせる。
肘で開けるとかどうだろう?……理沙ちゃんとかに見られたら確実に笑いのタネになる……
淳君呼んでくるか?………けどなぁ、今からここをまた戻るのは嫌だ……
色々考えてみるけれど、これといった妙案は浮かばない。
仕方ないから、面倒だけど、床に洗濯物を置くことにする。
「よっこら…しょ」
ヤバ、じじくさい掛け声しちゃったよ………
「おじゃまするよー、っと。」
ドアノブを回して、部屋に入る。
「…………何してんの?」
「「あ、石田さん」」
部屋の中には須田君がいた。
そして、もう一人。
須田君と、理沙ちゃんがいた。
二人は、机に向かいあいながら、座って、ペンをもって真剣に何やら書いている。
「絵しりとりしてたんだー」
ヘラリ、と須田君が笑いながら、ペンを走らせていた、紙を見せてくれた。
確かに、しりとりから始まって、りんご、ゴキブリ、リラッ○マ、マイナスドライバー、と、まさしくそれは、しりとりになっている。
俺は、しりとりよりも、案外、二人とも絵が上手いことに、感動した。
「上手いでしょー?」
くっ………………理沙ちゃんが自慢げに言ってくるのが、なんだか、すごく、ムカつくっ!!
「いーや。これなら、俺の方が上手い自信があるっ!!」
うん、絶対上手いよ。
俺、絵描いたことほとんど無いけど。
多分上手いよ。
俺、何だって出来るし。
………上手いといいなー?
「じゃあ、石田さんもやろうよ。」
須田君が、ニヤニヤと笑いながら、こっちを挑戦的に見てきた。
「…………望むところっ!!」
二人とも、俺の圧倒的画力に腰を抜かせば良いさっっ!!
「これがゴリラは無いって、石田さんっ!!」
「いや、どっからどう見てもゴリラじゃんっ!!」
「これがゴリラなら、その辺の扇風機だってゴリラになれるわよっ!!」
30分後、俺は、自分の画力の低さを知った。
俺には確かに、ゴリラに見えるのに、この二人は、全然理解してくれないっ!!
「ううう………じゃあ、これは?」
伝わらないならしょうがないし、違う物をペンで描く。
「…………え、トマト?」
「いや、違うわよ……これは……もしかして…地球?」
二人して、絵を見た瞬間に真剣な表情で、俺の絵をヒントに単語を見つけ出す。
「ゴルフボール!地球って、スケール大きすぎるからっ!!だいたい、『ご』が付いてないじゃんっ!!!」
「いやいや、無いって」
須田君が、手を横にふってドン引き、という表情でいう。
「いやいやいや、あるよっ!!」
「いやいやいやいや、無いよー」
理沙ちゃんまでもが、苦笑しながら手を横にふる。
「いやいやいやいやいや、あるからっ!!」
「……………何やってんだ、お前ら。特に石田」
俺が、必死に絵について解説をしようとした時、部屋の中に、恐ろしい声が響いた。
………………マズい。
ギギギ、とぎこちない動作で、俺は上を見上げる。
「じ、淳君……………」
目線の先には、青筋を立てながら、腕を組んで、自分を見下ろす、淳君。いや、淳様?
そして、手には、さっき手渡され、俺が須田君の部屋の前に置いた洗濯物。
…………洗濯物なんて、頭からすっかり抜けてました☆
「………石田ぁぁぁぁっっっ!!」
怒声が、寮内に響いた。
「………という訳でして」
「……………はぁ」
……た、溜め息混じりに生返事された…
ここは、宮田さんの部屋。
宮田さんと、俺は現在、膝小僧がぶつかり合うくらいの近さで、向かい合って、座っている。
良い歳した男二人が、どうしてこんな近距離で向かい合って座っているのかというと、
前述した絵しりとりによる、淳君の鉄槌で、俺が怪我をしたから。
顔には、少しうたれた後みたいな、擦り傷があって、ジンジンと痛む。
淳君……顔面に一発盛大に、拳をお見舞いするとは……なかなか恐ろしい子だよ…………
「いやぁ、若いって、良いですねぇ!」
呆れるようにこっちを見る宮田さんの視線に恥ずかしくなった俺は頭をかきながら、笑う。
「………そうですか」
テキトーな返事をしながら、宮田さんは、綿に消毒用のアルコールを染み込ませていく。
………うわぁ…なんか、これが塗られるのかと思っただけで、さらに痛くなってきた…………。
「み…宮田さん………他に何か良い治療法無いですか…?」
「……と、言うと?」
宮田さんが、こちらを見るとを、俺がした質問に質問で返してきた。
「い、痛くない治療法………とか?」
「ありませんね。」
即答。
「………………ソウデスカ…」
ああ……涙が出そうだ……………
っていうか、宮田さんって、ドSだったんだ………
「まあ、とりあえず、傷を見せて下さい」
遠い目をした俺を無視して、宮田さんは顔をズイ、と近づけてきた。
おお、近くでみても、イケメンだ。綺麗だ。美形だ。イケてるメンズだっ!!
鼻は高いし、肌は白いし、睫は長いし、
「わぁぁぁ、宮田さん、やっぱり綺麗ですねーっ!!」
「それは、ありがとうございます」
思わず感動してしまう俺をよそに、宮田さんは淡々と、俺の傷を看る。
うう……確実に聞いてないよ、宮田さん……
美耶子ちゃんがいる時の須田君並みに、話聞いてないよ………
「………大丈夫ですね、これなら消毒しておけば、4日くらいで治りますよ」
宮田さんの顔が離れていく。
「宮田さーん、つれないですー」
「私を須田の代わりにしないで下さい。」
「ヒマなんですー、宮田さんー、かまって下さいー。」
俺は、宮田さんの白衣の袖を引っ張ったり、振り回したりして、なんとか構ってもらおうと試みた。
「ああ、もう、ウザイですっ!!」
「いだだだだだだっ!!?」
直後、頬に激痛が走った。
見ると、消毒アルコール入りの綿を、傷口に思いっきりグリグリと押し付けられたからだった。
うっわ、何これ涙でるっ!!
「宮田さんっ!!痛いっ、痛いですっ!!」
「効いてる証拠です、良かったですね。」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁっ!!いたいっ!!宮田さぁぁぁんっ!!痛いですっ!!」
効いてる以前に、確実に傷口広がってるよコレっ!!?
「これに懲りたら、怪我をしないことですね」
飽きたのか、宮田さんは手を離すと、綿をゴミ箱に投げ捨てた。
「は、はい………。」
まだ少し痛みの残る傷を押さえながら、俺は返事を返す。
「風呂や、体育の後に、顔を洗うときは、強く洗わないように。ただ、清潔は保って下さいね。絆創膏は、顔に張るのは、なるべくよしてください。肌が弱いと炎症を起こしますんで。それと、くれぐれも気になるからと触らないように。良いですね?」
「はいはいはいはーい!了解でーすっ!!」
「……ちゃんと話聞いてましたか?」
俺が、宮田さんの言葉に敬礼で返すと宮田さんは、いぶかしげな目で俺を見てきた。
「はいっ!!ありがとうございました」
「そうですか。」
宮田さんから質問したのに、大して興味なさげに、返事をされる。
「じゃあ俺、部屋に戻りますねっ!!」
「お大事に」
自分の部屋に戻るために、立ち上がってドアへと向かう。
「……………あ、そういえば」
ドアの前で、ふと気になったことがあって、立ち止まる。
「どうされましたか?」
「宮田さん、今日、何か良いことでもあったんですか?」
今日の宮田さんは、なんとなく、
なんとなくだけど、昨日会った宮田さんとは、
少しだけ雰囲気が変わった気がする。
それが俺の気になった事。
「…………いえ?」
「え、あ、そうですか……」
宮田さんは、本当に分からないと言った様子で答えてくれた。
…俺の勘違いだったのかな………
「…………ただ、今日は、安野さんと少し話しましたね」
「へー、依子ちゃんとですか?」
なんか、不思議なコンビだなぁ。
けど、依子ちゃんかぁ………
「それは、良かったですねっ!!」
きっと、宮田さんが変わったのは依子ちゃんのお陰なんだと思う。
なんだかんだで、依子ちゃんは良い子だから。
「………それだけ、ですかね今日は。」
宮田さんは、無表情のまま呟く。
「そうですか。明日も仕事、頑張って下さいねっ!!」
「……………はぁ。」
宮田さんの返事を背中に聞きながら、俺はドアを閉めた。
今日は、俺にも良いことがありました。
ぎこちなかった、俺たちと宮田さんとの壁が、少しだけ、ほんの少しだけだけど、小さく取り払われていたことです。