ワガママ





一番が良いワケではない。

むしろ、重い愛なんて、所詮は独りよがりなのだと、子供の頃にとうに教え込まれた。


大好きだとか、
愛しているだとか、

彼は口癖のように、よくいうが、そんな言葉は自分の心に全くと言って良いほど、溶け込んでこない。


むしろ、あの人のことを思い出すから、耳を塞ぎたくすらなる。


だからこそ、なのかもしれない。

これだけ言動で表現されても、彼に対して正直になれないのは。














「…すいません、宮田さん…………。」

「別に、だいたい予想はついていましたから。」



珍しく、落ち込んで静かな石田さんは、小さく謝った。

謝られた自分はというと、彼の方になど見向きもせずに、目の前のコーヒー味のパフェを崩しながら食べる。

口の中に広がる苦みは、確かに美味しいのだが、正直にいうと、自分はチョコレートのパフェが食べたかった。

けれど、27歳という良い年をした医者が、チョコレートパフェなどという甘味を、頬張る姿など、端から見れば、滑稽にも程がある。
狙ってやっているのではないかと思われるのがオチであろう。

別に、苦みのあるものが嫌いというわけではない為、仕方なく妥協して、コーヒーのパフェを頼んだ。


口の中で、苦みと甘みが絶妙な具合で絡み合い、これはこれで美味しいな、などと、無理やり自分を納得させてから、
やっと彼の方を見る。



膝の上に手をしっかり乗せて、頭をもたげて落ち込む様は、さながら飼い主に叱られた大型犬だ。




「……せっかく休日が合ったのに…」



本当のことをいうと、自分は今、非常に気が立っている。

石田さんの言うとおり、今日はたまたま、自分に神代も、医者の仕事も無く、休日がとれた。

いくら田舎の中の田舎である羽生蛇村の、医者と警官といえども、社会人であることには変わりない。

休日が合うなどというのは、1ヶ月に数回しか無く、貴重とも呼べる日だった。


いつもは、どちらかの家で1日を過ごして、自分の気分によっては、ヤって、石田さんが駄々をこねるせいで、仕方なく朝までは共にいて、明け方やっと帰宅するのだが、
今日は違った。


ここは、石田さんの家でも無ければ、自分の家でも、
更にいってしまえば、羽生蛇村のような田舎でもない。


今、自分たちがいるのは、埼玉県の中でも都会の方にあるカフェだった。


なぜ、男二人で、このような所にいるのか。


原因は、目の前にいる石田さんにあった。



「宮田さぁぁぁん………どうしましょうー、須田君に渡すもの、結局買えませんでした………」

「まあ、自業自得ですね」



そう、彼は昨日、いきなり電話してきたかと思えば、車に乗せてくれと自分に言ってきた。

なんでも、須田から借りたゲームを返すのだが、そのまま返すのも何だから、何か物をつけて返したいらしい。


人の足で下りるには、いかんせん骨の折れる羽生蛇村は、たいていの人間が、車で行き来をしていた。


石田さんは、バカだから、速度制限を破ったり、何かしたのだろう。

運転免許を現在、剥奪されており、自分の足しか、移動の道具は無かった為、車を持つ自分を頼って電話をかけてきた。


都会に来て、町を歩き回ってプレゼントを探すまでは良かった。


なのに……………


「どうして、プレゼント一つも決められないんですか」


彼の律儀な性格のせいだろうか。

あれやこれやとアドバイスをしたり、勧めたりしても、彼はうんうんと唸るばかりで、結局決まらなかった。


「すいません………」


また呟かれた謝罪の言葉に、ハア、と思わずため息が零れ落ちる。


「もう、良いですよ、気にしてません。」


石田さんはプレゼント選びのことは断念したようで、現在はカフェで休憩をとっていた。
彼に振り回されることなんて、今に始まったことではない。

貴重な休日の時間を取られたのは不服だが、今はとりあえず彼が今後どうするつもりなのかが気になった。


正直に言ってしまうと、明日は普通に仕事なのだから、さっさと帰って、石田さんの家でも、自分の家でも良いから、ゆっくりと過ごしたい。


都会の雑音というのは、どうにも自分には合わない。



「どうするんですか、まだ探しますか?」

「いえ、今日はもう止めます。せっかくだから、宮田さんと一緒に過ごしたいです。」

「私は、貴方と一緒は嫌です。」

「ヒドいっ!!」



彼の馬鹿みたいな言葉を一蹴してから、早く早くと思い、パフェを食べる手を進めた。



「宮田さん、俺にも一口、あーん」



身を乗り出して、目を瞑りながら、口を開ける彼の間抜けな姿を見ていると、素直に渡す、というのはつまらない気がする。


ふと目に留まったのは、飾り用のプラスチックの板。



「どうぞ」

「わーいっ、ってマズっ!!?」



彼の口の中に、表情も声音も無感情のまま、ポイッとプラスチックの板を放り込む。

彼の口の中で、食べ物には有り得ない音が響いた。


プラスチックの板を吐き出した石田さんが顔をしかめる。


ざまあみろという目で見て、彼を馬鹿にしようとした時、


携帯の音が鳴った。


「あ、俺だ」


石田さんが、携帯を取り出して、画面をチェックする。

すると、画面を見る彼の表情がだんだんと険しくなってきた。


………………何故だか分からないが、嫌な予感がする。



「………あのー、宮田……さん…」



彼が眉を下げながら、こちらを見た。



「…………なんですか」


出来ることなら、彼に言葉を発してほしくない。

次にどんな言葉が来るかなんて、だいたい想像がつくから。

面倒事は御免だ。



「………須田君の家に、今からちょっと寄っても良いですか?」



…やっぱり面倒事だった。


ここから、須田の家に行って、羽生蛇村に戻れば、最低でも5時間はかかるだろう。

村から下りるまでと違って、入り組んだ埼玉の道は、田舎者が車で走るには、分かりづらい。

だから電車での移動が必要になる。


駐車場も探さないといけないし、
須田の家も探さなければいけない


嫌だ。
面倒だ。
俺は疲れてるんだ。
もう帰って眠りたい。
だいたい、まだパフェが残ってるのが貴方には見えないんですか。
せめて食べる時くらいゆっくりさせてください。
面倒くさい。
せっかく休みがとれたのに。
これでは……………





「………………仕方ないですね」





吐き出したい思いを、全て喉元に押し込んで、無感情に答えた。

食べかけのパフェを置いて、コートを手早く着る。


割り勘で料金を払うと、手早く車に乗り込んで、駐車場を探した。

意外にも早く見つかり、車をそこに留めて、移動を電車に変える。


「……宮田さん、怒ってますか?」


電車を待っていると、石田さんが、不安げに顔を見てきた。


「貴方の、ワガママは今に始まった事ではないでしょう」


そうだ。
彼のワガママなど、昔からの悪い癖のようなモノだった。

その性格が、短所でもあり、長所でもある。

だいたい、悪気は無いのだ。

それは、分かっているから、彼を責める気にはどうにもなれなかった。



「うぅー……ごめんなさいぃぃ………」

「あ、電車来ましたね。」



彼がしょげるのと同時に、電車が来た。

中は予想以上に人が少なく、電車のシートはガラリと空いている。

シートには座らず、出入り口の近くに立って、ドアにもたれかかった。


いつもは五月蝿い石田さんは、罪悪感からか何も喋ろうとはせず、重い沈黙が流れる。


ただただ、流れていく風景と時間に、自分の中で保っていた、何かが崩れ始めた。


マズい
このままでは……


『〇〇駅ー、〇〇駅ー』


「!!!…すいません、用事を思い出したので、一旦、帰ります。夜には迎えに来るんで、さっきの駐車場で待っていて下さい」

「え、宮田さんっ!!?」



ドアが開いたと同時に、石田さんの声を無視して、電車から飛び降りた。


すぐに発射した電車は、焦ってこちらを見る石田さんを乗せて加速する。



ホームにある椅子に座って、目を閉じ、深呼吸をすると、やけに息が重く感じた。



石田さんから多くのモノを貰いすぎたせいか、自分はワガママになりすぎている。

石田さんに、須田という悪友にも似た親友が出来た時、安堵にも似た喜びを覚えた。


若者のすくない羽生蛇村で、石田さんとウマの合う人間というのは少ない。

彼は、誰とでも仲良くなれるが、誰に対しても、テンポを合わせがちだった。

自由で純粋な性格、とでも言える石田さんは、羽生蛇村に生まれ育つ人間とはまた違う。

さらには、自分と絡んでいるからだろう。

村人からは、変人奇人を見るような目で見られていた。


バカだからか、彼はまったくその目を気にしていなかったようだが、やはり須田とつるんでいる時には、他の村人と話している時よりも、楽しそうに笑う。だから、石田さんに須田は必要だと思う。

それは、彼の為にも、自分の為にも。


恋人ではない
親友、とも呼べる立場が。


分かっている

分かっているのに、欲が出る。



腐るほどもらった彼からの愛情が、
いつもは拒否する彼からの温もりが、

こういう時に限ってほしくなる。


いつの間に、こんなに欲深くなったのだろう。


昔は違った
人間関係も、社会も、自分も
どうでも良くて、

ただ、与えられた仕事をしていた筈だ


無感情に、無機質に、仕事をこなして、
愛情を拒んだ。



自分は、幸せになりすぎた。


幸せになんてなってはいけないのに。


『宮田』は

幸せになんてなってはいけないのに。


ずいぶん、劣化したものだ。


情けない情けない情けない情けない情けない情けない情け………



「宮田さんっ!!」



幻聴が、聞こえる。
今あるはずの無いその声が、自分の鼓膜を振動させた。

ゆっくりと目を開いて、声がした方を見る。



「石田……さん…」


確かに、彼がいた。

いるはずの無い彼が、額に汗を浮かべて走ってきた。

乱れた呼吸を整えながら、彼がこちらを見てくる。


「ど、うして、ハァ…ハァ………いきなりっ、ゲホッ、おりちゃった、んですかっ!!」


途切れ途切れに、脳に伝えられる抗議の言葉。

呆然と彼を見つめていると、視線が交わった。


「どうしてはこちらの台詞ですよ………。
用事を思い出したと言ったでしょう?
どうして来たんですか。」


吐き出した言葉に、
石田さんが、しばらく悩むと、彼は困ったように笑った。


「………うーん…分かりません………どうしてでしょう?」


質問に質問で返される。

理由を知っているとでも思っているのだろうか、このバカは。



「…なんか、追いかけなきゃいけない気がしたんです。」



ヘラリと笑う彼が嫌いだ。

そうやってまた、私をワガママにする。


「…須田に怒られても、私は知りませんからね。
どうせ、来なかったり遅れたら奢り、とか言われているんでしょう?」

「まあ、しょうがないですねー」

彼がただ、走って戻って来ただけなのに、自己嫌悪で冷めた心は、いつの間にか、温かくなった。


「ああ、石田さん、ドMでしたか」

「ええっ!!?違いますっ!!止めて下さいよ、その完全に引いてる目!違いますからっ!!」



何故だか、分からないが恥ずかしくて、顔に熱が集中するのがわかった。

石田さんに見られないように俯いたが、バレていたようで、笑われた。



「宮田さん、顔真っ赤ですよ、どうしたんですか?」

「五月蝿いですよ………………ウザい」

「え、いま、小さくウザいって言いましたよねっ!!?」

「気のせいです」



悪態を吐いていると、いきなり口付けられた。

ムードもへったくれもない、口付けは、ヒドく甘かった


「カフェ、戻りますか。」


いつもの、子供じみた笑顔を彼がこちらに向ける。


「何で戻るんですか」


彼の顔が不思議がる、それに変わった。


「え、だって宮田さん、チョコパフェ食べたかったんですよね?」



ああ、なんだ



とっくにバレていたのではないか。





ワガママ
  



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