当日 5:00
「晴れます……かね…?」
牧野は、部屋の窓から顔をだして、空を見上げながら、宮田に問いかけた
宮田の机の上にあるノートパソコンには『12/15 曇り』の文字
「………さあ、私が知るわけないでしょう」
いつもの無表情のまま、宮田は言った
「………晴れて、ほしいですね」
願望のように、牧野は呟いた
「まあ、見れないなら、私は楽ですから、嬉しいですよ」
「そ、そんなぁ……」
宮田がどうでも良さげに呟くと、牧野は肩を落として、ハア、と息を吐き出した
白い息が、朝の空気に溶けていった
「寒いです、早く閉めて下さい」
「………はぃ…」
当日 8:15
「……雲、多いね」
須田が上を見て、言った
美耶子はそれを聞いて、目を瞑ると、須田に意識を集中させた
須田の視界越しに見た空には、灰色がかった雲が、浮かんでいた
直後、見えてきたのは地面だった
「きょうや、私は寒いのはイヤだぞ」
美耶子は、須田の袖を引っ張ると、主張するように言った
「………うんっ、わかってるって!」
見えてきたのは、自分の顔だった
聞こえてきたのは、明るい声だった
当日 18:00
「せんせー、いきますよー?」
マフラーを巻きながら、安野は、竹内を見た
「はあ……どうして曇ってるのに行くんだ…今日見れるか分からんぞ?」
竹内がぶつくさと文句を言いながら、安野に問いかけると、安野は笑いながら言った
「けど、せんせ、楽しみでしょ?」
見透かしたように言われた言葉に、答えるわけでもなく、竹内は安野の方を見て、防寒はしっかりしろ、とだけ言った
当日 21:00
「見、れ、なああああああああいっ!!」
羽生蛇高校の屋上に、須田の声が響き渡った
「うるさいぞ、きょうや」
美耶子が痛む耳を押さえながら言うと、須田は美耶子を抱きしめて、ごめんねーと言おうとした
が、
抱きしめた直後に、ズシリと背中に重みが来た
「須田、美耶子にセクハラをするな」
「痛いじゃん、淳。踏み潰すなんて、どういう了見なのかなー?」
美耶子を挟んで、淳と須田は睨み合いを始めた
「淳様………………………?」
「うわっ!あ、亜矢子……悪かった………」
二人の睨み合いは、殺気を纏った亜矢子によって止められた
当日 22:00
「お姉ちゃん、寒くない?」
寒さが強まったころ、
理沙は、自分の着ているコートを、脱いで、美奈に渡そうとした
「ううん、大丈夫。理沙が着てて」
美奈はそういうと、理沙に笑いかけて言った
当日 23:00
「須田君たち、寝ちゃいましたね」
牧野は、立ち上がって、荷物を探り、中から毛布を取り出すと、須田達にかけて回った
結局のところ、須田、淳、美耶子、理沙、美奈、亜矢子は寝てしまい、
残されたのは、石田と多聞と、安野、牧野、宮田だけだった
石田は、レジャーシートの上にも、地面の冷たさが伝わらないようにと、毛布をこっそりとのせた
「そうですねー、これじゃあ、見れないかな?」
石田が困ったように笑ったあと、寂しそうに言った
「せんせいっ、私が寝そうになったら、叩いて起こして下さいっ!!」
安野は、ガッツポーズを作りながら、竹内を見つめて言った
「わかった!わかったから、離れろっ!!」
眉を寄せながら、竹内は安野を押し離した
ピシッと、体育座りをしながら、安野はまた、空を見つめ始めた
「せんせい、ヅラってあったかいですか?」
「安野、嫌いになるぞ」
空はまだ、晴れる気配はない
当日-第二日目 0:00
寒さで、牧野が身を震わせて顔を上げると、
いつの間にか寝てしまったようで、時刻はいつの間にか、日を跨いでいた
竹内と安野も寝てしまったようで、二人で寄りかかるように眠っていた
石田は、いつの間にか、須田と一緒に寝ていて、須田の下敷きになり、うんうんと唸っていた
この寒さの中寝れるのは、さすが羽生蛇高校にいるだけある
いくら防寒をしていても、普通の人間なら、この寒さの中では寝られないだろう
もしかしたら、単調に過ぎていく時間に誘われる眠気の方が、案外上なだけかもしれない
「……………………?」
ふと、牧野は宮田がいないことに気付いて、屋上を見渡した
「ああ、起きてましたか」
「わぁぁぁっ!!」
突然、後ろから声をかけられて思わず、悲鳴をあげてしまった
急いで、掌で口を覆って辺りを見渡す
どうやら、案外熟睡中のようで、起きる気配は誰一人として無かった
「み、宮田さん………驚かせないで下さい……」
牧野が安堵の溜め息をついて、宮田に抗議すると、宮田はしれっとしながら言った
「勝手に驚いたのはそっちでしょう」
「ま、まあ……そうですけど…」
言い返せず、牧野は言葉を濁す
「宮田さん、ずっと起きてたんですか?」
ふと、疑問に思った牧野が宮田に問いかけた
「…………………………ええ、まあ」
間を置いて宮田が答えた
「ありがとうございます…………………………………………すいません」
眉を下げながら微笑んで、牧野は宮田に言った
「………別に、せっかく八尾さんから鍵と許可をいただいたのに、無駄になってしまうのが悔しいだけです」
体育座りをして、膝の上に顎をのせながら、宮田は言った
牧野は、自分のマフラーを宮田の首に巻いて、空を見上げた
当日-第二日目 0:30
「…………、…、……だ、須田っ!!」
「すいませんでした、許して宮田先生っ!!」
自分の名前を強く呼ぶ、宮田の声に須田は、反射的に謝ってから、跳ね起きた
「………って、あれ?」
須田はそれからやっと、周りがワアワアと、騒がしいことに気がついた
「お前のお望みのものだ」
宮田はただ、それだけ言って、空を見上げた
つられるように、須田も立ち上がって上を見た
「す、すっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
飛び込んできたのは、キラキラと瞬く、宝石よりもきれいな星々と、
大気圏に入る前に、燃え尽きる、一瞬を描いた、流れ星だった
真っ暗な空に浮かび上がった、美しく、儚い放物線は、今まで見たどんなものよりも、綺麗な気がした
「きょうや、見たかっ!!?」
亜矢子の視界をジャックしているのだろう
美耶子が、亜矢子と共に嬉しそうに駆け寄ってきた
「うんっ!!」
「!?…きょうや?」
須田は大きく頷いてから、美耶子の手を取ると、シートの上にバッタリと一緒に倒れた
何が楽しいのか、分からないが二人で倒れて、ひたすら笑い合った
「亜矢子、寒いっ!!」
淳が、鼻の頭を赤くしながら、亜矢子に言うと、亜矢子は、美耶子達から離れて、急いで淳の方にいった
「淳様、これ、飲んで下さい」
嬉しそうに笑いながら、水筒の中に、前もって作っておいた、はちみつレモンを、淳に渡した
ふんっと、言いながら、淳ははちみつレモンを飲み干した
暖かさが体を包んだ
当日-第二日目 1:30
「あーっ!理沙ちゃん、、美奈ちゃん、見たっ!!?今すごい長いやつきたっ!!」
石田は、理沙の方を見て、嬉しそうに西の空を指差した
「見たっ!!すごいっ、今までで一番だった!」
「2秒くらいあったね!」
理沙は興奮気味に頷いて言った
美奈も、上を見ながら、笑って言った
「あっ、せんせー、今てっぺんに流れたよー、見たぁ?」
「はっ!?安野、何でそんなに見つけられるんだっ!!」
上手く見つけられない多聞に、安野はいった
「せんせー、ちゃんとして下さいよー、もー」
頬を膨らませながらいう、安野を、多聞は憎々しげに見てから、もう一度空を見上げた
「「あっ」」
声が、重なった
「今、流れましたね」
「………………ああ」
当日-第二日目 14:00
流星が、空から地面へ流れるように落ちていくのを眺めながら、牧野は白い息を吐いた
一瞬のうちに消えていく、光の筋は、何が綺麗なのか、口に出しては言えないが、確かに目の離せない美しさを持っていた
「昔、一度だけ、流星群を見たことがありました」
背中合わせに座っていた宮田が、独り言のように呟いた
「一人で、望遠鏡を担いで、東京の空を見上げました。ここよりは少ないですが、流れ落ちる流星群に、ガラにもなく、心を奪われたものでした」
ただただ、牧野は、宮田の言葉に耳を傾けていた
そして、上を見上げて言った
「…………今は、どうですか?前より、綺麗ですか?」
柔らかく言葉を紡いで、宮田に問いかけた
「そうですね…………」
宮田は少しの間、考えてから、牧野に体重をのせた
牧野が、呻くのを聞きながら、目を閉じて、周りの音に耳を傾けた
しばらくしてから、宮田は言った
「前よりも、うるさいです」
それは、懐かしい星めぐりの歌を
歌っているにちがいありませんでした
ジョバンニは、それに
うっとり聞き入っておりました。
宮沢賢治
銀河鉄道の夜より