side:淳






トン






小気味良い音をキッチンに響かせる


いつもより、たくさんの材料が置かれたキッチン


既に料理はほとんど出来上がっていて、
あとは、デザートのイチゴを女子でも食べれる程度の大きさに切るだけだった


いつもより豪勢な夕飯は、自分も作りがいがあるというものだ

綺麗に盛りつけられた皿は、見ていて我ながら気持ちが良い



宮田、という教師がここに来ると聞いて、今日の夕飯はいつもよりも手の込んだ物にした

バカ三人が、始業式の後もダラダラ話している間に、俺は肉屋や、八百屋に行って、夕飯の材料を買っていた


いつもなら亜矢子や美耶子と、放課後に買いに行くのだが、今日は美奈が病欠だった


それが何か関係あるのか、と言われると、
美奈自身は関係はあまりない


だが、須田が関係ある


寮の誰かが風邪をひいたとなれば、須田が見舞いの物を買いに行こうと駄々をこねることくらい、容易に想像がついた





…………………それにしても、あの宮田という奴は、何故あんなに牧野と仲が悪そうなんだ

双子だということは一目瞭然だったが、それ以上に、二人の仲の悪さは、見なくても、雰囲気で感じとれるんじゃないか、というくらいわかりやすかった


それが、妙なことなのか普通なのか
良いことなのか、悪いことなのか


妹しか持たない俺には、よくわからない






       Act5.








…………廊下が騒がしい


おそらく、牧野が帰ってきたのだろう

宮田も帰ってきたようで、廊下からは、いつものバカやヘタレた声に混じって、聞き慣れない低い声が聞こえてきた




「淳ーっ!!!!!はらへったーーっ!!」

「おー。お前らー!飯出来たぞーっ!!」



須田の叫びに答えたあと、大声で叫んで、寮のヤツらを呼ぶと、ドタドタというけたたましい音が、家中に響き渡った


………いっそ、すがすがしいくらい、本能に忠実な奴らだ






「須田ー、醤油とってー」
「美耶子、醤油いる?」
「ん…」
「あれ、無視?」
「私はアナタの味方よ」
「うわああんっ!亜矢子さんんんっ!!」
「っ!!?」
「石田さん、お茶が牧野さんに零れた」
「あああっ!!牧野さんごめんっ!!」


ギャイギャイと大人数が、口々に話して、自由奔放に動き回って、大騒ぎする食卓


宮田は少し驚いた様子で、それぞれ話しているヤツらの顔を見ていた


まあ、確かに驚く気持ちは分からなくもない


口々に自由にしゃべる五月蝿い食卓は、俺たちにとっては日常だが
宮田にとってはきっと、非日常なのだから


というより、これだけ五月蝿い食卓はどこを探しても、ここだけだろう


「あっ!」


牧野が、火傷したところを冷やす為に、台所へ行くと、石田が思い出したように、口に食い物を入れたまま、行儀悪く、大声をあげた


「牧野さーん!ついでに酒っ!!酒プリーズっ!!」


…………これはマズい


「ダメだ、おい牧野っ!!絶対酒持ってくるなよっ!!」

「えー、淳君のケチー」

「斬るぞ」

「すいません」



………この酒豪バカは、今日の二日酔いから何の教訓も得なかったみたいだ

あれだけ、苦しい苦しいと呻いて、騒いで、後悔したくせに、何も学習をしていない


石田はうなだれてから、顔をあげると
涙目で須田に抱きついた


「うう……淳君が冷たいよ……慰めて、須田君ー」

「ちょっと、石田さん邪魔、美耶子が見えない」


石田は、須田に構ってもらおうと必死だが、
須田の方は食事と美耶子に夢中のようだ


美耶子もまんざらじゃない様子で、顔を赤くするのがムカつく
須田のやつ……美耶子のことをはぶらかしやがって…

あいつに手を出した日には、学校で公開処刑にかけてやる

いや、切腹で良いだろう
勿論、介錯はオレだ



「石田さーん、いっしょに飲みましょう?」



キッチンから近づいてくる情けない牧野の声

自然と声のした方を見てしまい、見たことを軽く後悔した

戻ってきた牧野の手には、酒当然、奪った






寿司やら、肉やらが大量に置いてあった机は、いつの間にか綺麗さっぱり無くなり
デザートのイチゴと、コーヒー紅茶の好きな方をそれぞれに渡す


この寮のヤツらは好みが激しいから、飲み物までも、それぞれにそれぞれの好きな物を与えなきゃいけない



宮田にも、他のやつらと同じように俺は聞いた


「コーヒー、紅茶どっちが好きだ?」

「…紅茶で」


へぇ

牧野はコーヒー好きだから、宮田もコーヒーが好きなのかと思ったが、意外や意外、宮田は紅茶好きみたいだ



紅茶をカップの三分の二くらいまで入れてから、手渡しで宮田に渡す

無表情の顔が、ジーッと紅茶の面を見つめて、動こうとしない



………なんだ?もしかして、紅茶も嫌いなのか?


俺は、あつい飲み物や食べ物は、猫舌のヤツでも飲みやすいように、熱さが少し和らいだところで全員にわたす


もちろん、今日も今日とて、それは変わらない


つまり、宮田が今動かない理由は、紅茶が熱いから飲まないとか、そういうワケではなく、嫌いだから飲まないってワケだ



どうしたものかと俺が考えあぐねていると、牧野の手がヒョイと出てきた



「はい宮田さん、砂糖どうぞ」


笑顔でいう牧野の手には、角砂糖が入った入れ物


「……………ありがとうございます」



宮田はその砂糖の入れ物が手渡されると、不服そうに牧野に礼をいってから、蓋を開けて、砂糖を摘んだ



………さすがは双子だな

好みとか、分かるのか

それとも、欲求みたいなものを感じているのだろうか

少しだけ、牧野の事を見直した




宮田は無表情で、砂糖を紅茶の中にポチャン、と入れた


「わあ、宮田さん、甘党なの?かわいー」


石田がデレデレしながら言うのを、宮田は完全に無視して、紅茶に砂糖を入れて、溶かしていく

無視をされて落ち込んだ石田を、美耶子と須田が励ましている間に、やっと満足のいく甘さになったのか、宮田は口をつけた



「……先生、それ甘すぎない?」



理沙が顔を少し青くしながら言う


宮田の持つ紅茶には、角砂糖が8つ、入っている
溶けきらなかった砂糖もあるだろうに、宮田はそれを平然と、無表情を崩さずに、飲んでいた


「……いえ?」


首を傾げながら宮田が答えると、口元に手を抑えて、理沙は吐く仕草をした






ゴホン、


全員が適度に落ち着いたところで、俺はひとつ咳払いをして、立ち上がった


新しく入ってきた宮田へ挨拶みたいなものをする為だ



「あー……とりあえず、改めて…………」


少しためてから、良い感じに出そうとした


が、それは、かなわなかった

「宮田先生、羽生蛇学校へようこそっ!!」

「須田死ね」



須田のバカが爽やかな笑顔で、俺のセリフをもっていきやがった



須田に対して睨みつけると、ムカつく位の爽やかな笑顔で流された


いつもなら、喧嘩の一つでもふっかけて、バトルロワイヤルを開始するが、今日は違う


わざと、須田に聞こえるように大きな溜め息をついてから、宮田の方を向く


「じゃあ、まあ、その…………これからよろしく、な。」

「はい」



無表情の顔と目を合わせる、というのはなかなか難しい

宮田を見た瞬間、というのは人形と見つめ合っているような、不思議な感覚とひどく似ていた









「ごちそーさまでした」



全員揃って、手を合わせる
きれいに揃うトーンは、綺麗な和音を作り出しているからか、聞いていて心地がよい


宮田が席を立つと、石田が素早く腕を掴んだ


「宮田さん…………………………………美奈ちゃん、看てあげてくれませんか?」



石田がヘラリと笑いながら言った


そういえば

宮田の担当は保険医だったな




「………?」


記憶の中に、美奈、という単語が該当しないようで、宮田は小さく眉をひそめた


「ああ、うちの生徒。今日、熱が出たから学校休んでたんですよ」


石田が、美奈について教える


「ああ、分かりました」



合点がいったように、宮田は頷いた



「美奈ちゃんの部屋は、一階のあっちです、案内しますよ」


互いに意味が通じ合ったところで、石田はそういうと、宮田を美奈の部屋へ案内するべく手をひいて、部屋から出ていった

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -