たまには一緒に




人間にとって、勇気を出す、というのは、相当つらいことである

勇気を出すには、勇気を出すための勇気が必要で、
その勇気を出すための勇気には何かきっかけが必要である

しかし、神様というのは案外、優しいもので、

勇気を出した人間には必ずそれだけの、褒美をくれるのだ








「すいません…宮田さん」

「いえ」

教会、
暖かい日差しが窓から差し、暖かさがちょうどよくなった室内は、外とは違い、春の陽気だった

しかし、空気としては、外よりも氷点下だった






犬猿の中、と言っても良いであろう二人が、同じ室内にいれば、氷点下まで下がってもおかしくないだろう






「ここはこれで良いんですか」


教会、

柔らかい太陽の光を、窓が存分に受け取った室内は、冬という季節を忘れさせようと、暖かい空気で満ちていた



これだけ穏やかな環境にいながら、
そこにいる医者の雰囲気には穏やさなど無く、殺気に満ちていた



「宮田さん……そんなに怒らないで下さい…」



(誰のせいだとっ!!)



ねっ?と言って、眉を下げながら笑いかける牧野に、宮田は本で殴りかかろうとするが、深呼吸をしてギリギリで思いとどまる


「弟が、怖くて嫌だ、泣きそうだ」



そんな宮田を見ながら、牧野は涙目で、意味不明な俳句を詠み、一冊の本に手を伸ばした


しかし、それは本をつかむ事はなく、空を描いた

「み、宮田さん痛いです…嘘ですすいませんゴメンナサイ」

「牧野さん……これ以上部屋を散らかすおつもりでしたら、私は帰らせていただきます」



言って、宮田は部屋を見渡した
ベッドには本
床にも本
机にも本

どこを見ても、本、本、本



「………すいません」






この部屋は、教会は教会でも牧野の自室だ


大量の聖書や、本が詰め込まれたその部屋は、
最近やっと使われ始めた部屋だった

というのも、八尾離れのできない牧野は自室ではなく八尾のいる聖堂にいることがほとんどだったからだ

しかしやっと、いい加減八尾離れしろよ………という淳の一言で、一週間前から使っていた


始めこそ良かった


そこそこひろくて、本も大量、日差しは暖かく、子供たちの声が小さく聞こえる、まさに理想の環境が牧野の部屋には揃っていた


しかし、片付け苦手の牧野には、その美しい理想的な秩序を守ることなど、不可能に等しかった


見渡せばいつの間にか本の山が積まれ、埃が天井に溜まっていた


八尾に片付けを頼んでみたが、求導師様の部屋、というのには、さすがの求道女も中に入れない




仕方なしに、宮田に連絡を入れ、教会の命令、という名目で片付けの救助を頼んだ



せっせと、戸棚に本を片していく宮田を見ながら、牧野はヒマそうに手遊びをする


「宮田さん、宮田さん」


声をかけてみるが、宮田は無視を決め込んでいる

黙々としたこの作業が始まってから、すでに一時間がたっている


牧野は始めは片付けをしていたのだが、どう努力をしても散らかるばかりで、宮田に片付けるなと止められとしまった


踏み場も無かった大量の本は、宮田のおかげで細かくジャンル分けされ、戸棚にしっかりと大人しく座っている


残り10数冊となった本は、古いせいか背表紙が見えず、宮田が中身を見て、タイトルと作者を記憶から手繰り寄せていた


その後ろ姿をぼーっと眺めているうちに、牧野の瞼は非常に重くなり始めた


「宮田さん……眠たいです」

「いちいち報告していただかなくて結構です」



形の良い綺麗な手のひらが一冊一冊、丁寧に本をしまっていく



(この本……初めて読んだな)


「宮田さーん?」

「……………」

「なんでしょう………この寂しさ」



整理しているうちに、自分でも読んだことのなかった本を見つけた宮田は、整理している手を止めて、自分の世界に入っていた






「…………?」


本を読み始めて、2時間、いつの間にか暖かかった部屋は冷たくなり、白衣無しでは些か、肌寒い温度になっていた


シャツのボタンを留めて、部屋をぐるりと一周して見てみるが、この部屋掃除をさせた張本人はいないようだった


牧野がいないとなると、宮田は帰ることは出来ない
かといって、わざわざ牧野の為に、自分の足を動かすというのは、癪な宮田は、舌打ちを一つしてから、遠慮なく、椅子に座った


ストーブのスイッチを入れて、窓の外を眺める

教会の庭の木々には、色とりどりのオーナメントと、ライトで、美しく彩られ、煌びやかに輝き、一番上にある簡素な星の美しさを引きだたせていた


手にしていた本を机の上に置いて、足を組んで牧野を待つ





10分ほどすると、ストーブが効いて、暖かさが体を溶かすように包んできた




「あ、宮田さんっ!!ヘブッ!?」




ガチャリとドアが開いたと同時に牧野がひょっこりと顔を出した
目が合った瞬間に輝かせた顔が、どうもムカついた宮田は、机の上の本を力の限り、牧野に向けて投げつけた

顔面にクリーンヒットした牧野は、顔を抑えながら座り込んで痛みに耐えていた



「で、何をしていたんですか、牧野さん」



牧野を見下しながら、宮田が言った

スラリと白く滑らかな足が、ズボンの隙間から見えて牧野は顔を赤くして目を逸らした



「その………休憩にどうかと思いまして……」



そういうと牧野は手から、チョコレートを二つ宮田に渡した

宮田は目を丸くしながら、チョコレートを見てから、牧野を見た



「えっ、嫌でしたかっ!!?」



下を見る為か、自然と目つきが悪くなっていた宮田は、牧野と顔を合わせた瞬間、涙目で聞かれてしまった



「いえ、珍しく、良い行動をしているな、と」

「珍しくって………」



宮田の言葉に、牧野は傷つくが、正しいものは正しい
反論できないことが、余計牧野を傷つけた


ポイッと口にチョコレートを放り込む宮田を見ながら、投げつけられた本を棚にしまってから、綺麗になった自分の部屋を見る

つい何時間か前、生活することすら、ままならなかった部屋とは思えないほど綺麗に整えられた部屋は
それでも生活臭失わせることはなく、落ち着いた、過ごしやすい空間を作り出していた


(宮田さんはすごいなぁ……)


頭も、見た目も、経歴も良い宮田は、自分と違い、非のうちどころが無い



「では、私はこれで」

「えっ!?」




牧野が感心していると、宮田はあっさりと帰ろうとさてしまった牧野は焦って、宮田の手をとると、引き寄せた



「なんですか、まだ整理する所があるんですか」



宮田が不服そうに牧野を見た


「………(どうしよう、引き止めたは良いけど、なんで引き止めてるんでしょう、何がしたいんでしょう、ああああああ、でもせっかく勇気を翼にこめて宮田さんを部屋に呼んだのに、ここで………)」

「牧野さん?」



牧野が知恵を振り絞って、考えていると、宮田はイラだった様子で牧野の名前を呼んだ



「あっ、えっと、あーっと……」



オロオロとしながら、牧野はどうにかして宮田を引き止めようとするが、とうとう宮田は牧野の手を振りほどいて、帰る準備を始めてしまった



「では、お菓子、御馳走様でした」

「は、はい……(ああああああああああああああ………)」



宮田が帰るのを、ただ見ることしか出来ずに、牧野は心の中で落ち込む

宮田がドアを開けると、ヒュウ、と冷たい風が部屋の中に入ってきて、牧野の心まで冷やしていった
そして、焦りで言葉を出せなかった牧野の頭までも、冷やしていった



「あ、あの、宮田さんっ!!」

「っっ!!?」

「わぁぁぁっ、すいませんっ!!」





宮田のマフラーを握りしめると、存外、宮田は強い歩みを始めようとしていたようで、宮田の首を締め上げた

牧野が慌てて手を離して、宮田に謝ると、ゴホッと咳こみながら、宮田が牧野を睨んだ



「さっきから何なんですか、牧野さん」



牧野は、宮田の鋭い眼光から、目を逸らしてから、言った



「その、今日は遅いですし、泊まって行きませんか?行きませんよね、すいません……」



自分から言っておいて、何故だか恥ずかしくなった牧野は、すぐに自分で否定して謝った

宮田は牧野を見てから、ハアと溜め息をついて、マフラーを解いた



「それは、求道士様の命令ですか」

「…………え」

「命令なんですか」



少し強い口調で宮田が言った



「め、命令というか、お願いというか………」

「なら、仕方ありませんね、求道士様のお願いなんですから」



宮田の言葉を聞いて、牧野は、ぱあっと顔をあげた
わざわざ、求道士様のお願い、という言葉を強調してから、宮田は中に入っていった



「宮田さん、お風呂とご飯どちらが先が良いですか?」

「心底、気色が悪いです」



顔を輝かせながら、牧野が聞けば、宮田が悪態をついていく


ストーブで温まった部屋は、冷める気配が無い




たまには一緒に
 



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