side:牧野



「宮田です」


耳に音が届いた時、あまりの懐かしさに泣きそうになってしまった







         Act2.







この学校は少し特殊で、新任教師が、どんな人間で、どの教科を受け持つかを、始業式の挨拶になるまでは、八尾さん以外誰も知らない
クラスの担当だって、始業式の後にある、2分程度の簡易的な教員会議で知らされるだけだ



けど、私は前もって知っていた

確証は無かったけれど、
校門で司郎らしき人を見かけた時、もしかしたら、と思った


彼はその時、こちらに気付いていないみたいだったから、司郎かどうかはあくまで憶測でしか無かった

けれど、彼が壇上に上がって、曖昧な憶測は確証に変わった



昔と変わらない無感情の瞳は、どこを移すでもなく、鏡のように、反射させるだけで、
まるで、世界に絶望しているような瞳で、
出きることなら、変わっていてほしいと思った



けど、それでも、嬉しかった子供のころに、心からキレイだと思えた唯一の存在が司郎だったからだろうか心臓の音をやけにうるさく感じながら、教員室に入る


「これから教員会議を始める」


志村さんが、厳格で、だけど優しそうな声音でそういうと、
八尾さんが立ち上がって、教員たちを見た


「皆さん、先ほど言ったように、今日は新しい先生が入りました……さ、入って」


そういうと、ガラリとドアが開けられた

司郎が入ってくる

先ほどと違い、シャツの上に白衣を着ていた


「宮田です」


彼が声を発しただけで、職員室の空気が一変するような
そんな気がした


低い声音がまるで、自然の音のように、空気に溶け合って、心地をよくさせる



昔よりも、ずっと低くなった声のはずなのに、

どうしてか、変わらないなあと感じた



「宮田先生は、保健室の担当です。そして、今回は……」


司郎の紹介を始めた八尾さんが、チラリと私の方を見る



「高校三年生のクラスの副担任をしていただきたいと思います」






今やっと、自分が三年の担任に選ばれた理由が分かった








司郎の事は小学校のころまでしか知らない


双子でありながら、別々の家庭で育った私たちは、
彼は彼で東京の中学に行き、
私は私で羽生蛇村の中学校には行かなかったから、


会う機会はおろか、彼がどんな生活をしているのかすら、分からなかった


小学生の頃も、司郎のお母さんが厳しい方だったから、なかなか関わることが出来なかった


けれど、おそらく、昔の彼のことは私か、八尾さんが一番よく知っているだろう


出来れば、今からで良い

何年間もの、時間のブランクを今、取り戻したいと思う


彼と、兄弟として、家族としてもう一度関わりたかった









職員会議を終えると、みんな一斉に自分の仕事を始める

私も、皆さんと同様に自分が持つクラスへ急いで行こうとすると


「お待ち下さい、求導師様」


八尾さんに呼び止められた


「何でしょう?」
「今日は初めてだから、宮田先生も、一緒に連れて行ってくれないかしら」
「わっ、わかりましたっ!」


思わぬチャンス…………なんだろうか
彼は私を覚えているのだろうか



無感情の瞳と目が合った



「……い、行きましょうか」



彼に声をかけて、歩き出した




階段を上って行く


話したいことはたくさんある

あるはずなのだが、緊張で、何を話したかったのか分からなくなった



「あのっ、司郎……」


名前を呼ぶと、ピクリと肩が動いた

彼がこちらを真っ直ぐと見た










「何ですか……………………………………………………牧野さん」









一瞬、心臓が止まったかと思った


そうだ

もう、彼とは家族である前に、教員なのだ


名前を呼ぶことはいけないのだ

公私混同など、ありえない


彼は今、その事を全て、『兄さん』ではなく、私の名字を呼ぶことで、伝えたのだ





正しいはずのその行いは


どうしてか、私の胸を締め付けた


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