人は常に成長し続ける


例えば、子供だった人間は、大人になる

例えば、仕事で功績を積んでいく

例えば、歳という経験を積み重ねる




しかし、目に見えることだけが成長ではない


単純なことだ







「教員、新しく入ってくると聞いたぞ。何か情報知らないのか須田」
「え、待って何それ聞いてないんだけどオレ」
「だって、石田さん酒飲んで、爆睡中だったからね」


羽生蛇高校、三年、学校の最上階にあるここは、これでもか、というほど、教室の窓という窓が開けられていた

心地よい春の陽気と共に、風がフワリと桜の花びらを教室内に運び、甘い香りを残して吹き去っていった


窓から小さく見える校門には、看板が立てかけられている
何が書かれているかなど、聞かれなくても分かる





      Act1.始業式







高校三年となった須田、淳と今年も今年とて留年をした石田は、
春休み明けのダラリとした雰囲気を教室中に出していた


「美人さんかなぁ」
「残念、男らしいよ」



石田がデレデレと笑いながら呟いた言葉には、女性独特の、高く凛とした声が返ってきた


「別に残念じゃないですよっ!」
「声が裏返ってるわよ」


彼女が胸の前で腕を組みながら話すと、胸の無さがよく目立った
しかし、それを帳消しにする可愛らしい、子供のような笑顔は、理沙の長所だった


「理沙さん、美奈ちゃんはどうしたの?」


須田が問いかければ、理沙は困ったように笑った


「今日はお休み」
「昨日、美耶子とずっと外で遊んでたからな」


淳が理沙の言葉を受け継ぐように言うと、ああ、と須田は納得したようだった

春といっても、羽生蛇にはまだ肌寒さが残っている
夜遅くまで遊んでいたなら、美奈のようなインドア派が風邪を拾うのは納得がいく


帰りにお見舞いでも買っていこうと須田は考えると、机の上に顎を乗せた


「そういや、今年の担任って誰だろう?」
「ああー……」


石田が思い出したように言うと、須田は途端に顔を曇らせた

「どうしたの?」
「ああー」

淳は困ったように言った


「去年は……みーなだったからな……」
「………そりゃ、ご愁傷様だぁ」


合点いったように笑うと、石田は時計を見て、自分の席に戻っていく
それを見て、淳と理沙も自然と席に戻り、生徒の声と入れ替わるように、朝礼の予鈴が鳴り響いた



ガラリ



一瞬、緊張がピンと張る



「朝礼、始めますね」
「いよっしゃああああああっ!牧野さんゲッツ!!」



温和で大人しく、情けない声が教室に渡ると、須田が席から立ち上がって、高くガッツポーズを上げた

逆に、淳はまた苦労の日々か………と虚ろな目で哀愁を漂わせていた


「すっ、須田君っ!静かにっっ!」


驚いて、オロオロとしながら牧野が言うも、須田の耳には届かない

理沙は、すでに睡眠の体制に入り、
石田は、牧野と知って、安堵の溜め息をついた


「おい須田、座れ」


ムスッと、機嫌悪く淳が言うと、Vサインをしながら、須田は座り、また小さくよしっ、と呟いた


求道士の牧野は、生粋のヘタレ気質で有名だ
担任をすれば、強く出れずに、涙目で逃走することもしばしばある

逆に美浜は、厳しさをモットーに行う為、自由が少ない
おだてれば、自由も効くのだが、須田にそんな脳はなかった

また、須田は、高一のころの行いの悪さが祟ってか、高二は絶対政治として有名な美浜が担任につき、相当なスパルタを受け、苦痛の日々だった
しかし逆に、淳は気苦労が減って、安心の日々をすごした


つまり、今回、牧野を須田がいる学年の担任にしたのは、明らかな人選ミスだった

嬉しそうに、バックに花を飛ばしながら、須田は笑う



「じゃあ、皆さん、今日は始業式なので講堂に行きましょう」



とりあえず、今年の須田の学年生活の安定は、この時点では保障された



そう、この時点では







「……ですから、皆さん、勉学にはよく励み……」


うつらうつらと、春の陽気が眠気をさそい、校長の話の最中、須田は睡魔と戦うばかりだった
理沙に至っては、立ちながら寝る、サーカス顔負けの技術を身につけていた

淳を見ると、ピシッと背筋を正して、軍人のように立っていて、思わず笑いそうになってしまう

(そういや………石田さん、いないなぁ)


「それでは、新任の紹介です」




校長である八尾の言葉に、一斉に顔を上げた

なんだかんだで、新しい人、という響きは魅力的なのだろう

どんな人かと、胸を踊らせながら、須田は見る




とん、とん




と規則正しい、階段を上がる音がして、男が現れた


(牧野…さん?にしては綺麗だな……)


現れた男は、牧野によく似ていた
否、牧野だった

しかし、牧野とは違い、切れ長の瞳と、下ろされた前髪は、伏せられると、睫と共に影を作り、物憂げな表情になる

端正な顔立ちと、この時代にしては珍しい、柔らかい茶髪は、ヤケにキラキラと輝いていた


一言で言えば、キレイ、につきた



「すごいイケメンだね」
「ねー、理沙さんはああいうの好み?」


須田は理沙と小声で話して、小さく笑いあう




「保健室の担当をして下さる、宮田司郎先生です」



(なんだぁ、他人か)

牧野と違う名字ということもあって、須田は二人を他人と決定し、がっくりと肩を落とした


男が、形の良い手のひらで、マイクの柄を持った


「宮田です」


無感情で、無機質で
それでも、低くキレイな声は、空気に溶け合うように、振動を伝え、
幻聴のような錯覚を思わせた


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