願い事を太陽に




ひとりぼっちになるのが怖いのは、誰だって同じだ


怖くないのは単純に、既にひとりぼっちになっているからで、

誰かがいたらまた、ひとりぼっちが怖くなるものだ








ジリリ、ジリリ

休日、乾燥と冷気が部屋にまで立ち込める朝
冬の寒さで結露した窓からは、タオルで拭いてもらえない滴が一本の線を書いた

宮田は室温の下がりきった自室で、いつものように、毛布を肩までかけて、死人のように仰向けに寝ていた

違うことをあげるならば、今日は朝を知らせたのが、時計の音ではなく、黒電話の音だった

宮田は、もぞりと動くと、暖かい布団から名残惜しそうにゆっくりと出て、ベッドの上に座りながらボーっと黒電話の方を見た

(…………めんどくさい)

そう思うが、これがもし、神代や教会からの電話だったらのことを考えると、いかんせんそういうワケにもいかない


ふらりと立ち上がる

「…………?」

倦怠感。


もしかしたら、就寝が遅かったからだろうか、宮田はヒドく体が怠く感じた
冬の朝、しかも一日前に雨が降ったこともあってか、室内はいつもより寒く、宮田は体をぶるりと震わせてから、受話器をとった


「(もしもし)………?」


声を発したつもりだったのに、それは空気と振動せず、口を動かすだけで終わった
寝起きだからだろうと思い、唾を一度飲み込んで、再度声を出した


「宮田です」


今度はキチンと声がでた
どちらさまですか、と電話ごしの相手に問う


「……ぁ、牧野です………宮田さん、今日お暇ですか?」


気弱な声が機械越しに聞こえてくると、宮田は眉根を寄せた
暇かどうかで聞かれたら、宮田は今日は暇だった

だが、ヒドい倦怠感もあってか、どうも牧野には会いたくない、というのが本音だった


「すいません、今日は忙しいもので………」

無感情に言うと、眠気が襲って、宮田はその場に座り込んだ
瞼を軽く閉じて、膝を抱えて、そこに顔をうずめる
牧野の返事を待ちながら、すこしの頭痛を感じる
頭痛を感じるほど、自分は牧野が嫌いだったのか、と驚きつつ受話器を耳に押し付けた


「……………」
「…………?」


しかし、一向に返事が来ない

疑問に思った宮田は顔をあげて、首を傾げた

「牧野さん?」

もしかして、切れたのではと思い、牧野の名前を呼ぶ


「あっ、す、すいませんっ!!」


どうやら切れてはいないようだ宮田はまた、顔をうずめて、受話器を耳に当てた


「わか、りました………それでは、またいつか…」
「すいません、それでは失礼します」


牧野が途切れ途切れに言った後、宮田はさっさと電話を切った

また寝よう、と布団の方を見るも、めんどくさい


しかし、異常なほどの寒気が体を攻撃する為、毛布だけ手をのばして引っ張ると、それを体にくるんで、ゆっくりと目を閉じた


暖かいはずの布団は、冷え切っていた









ガチャリ

「……み、宮田さーん…?」

電話をかけてから30分後、牧野は宮田宅に来ていた

理由はただ一つ、宮田の様子がいつもと違ったからだ

双子というのもあるのだろうか、宮田の感情や様子と言ったものは誰よりも敏感に分かる
と同時に、宮田が嬉しい時には牧野も嬉しく感じ、宮田がイラついている時には、牧野も不機嫌になる

今日はそういうのは無かったが、やはり妙な雰囲気というのは、電話ごしにも感じた

こんな田舎村では、どの家も鍵なんて、あって無いようなもので、それは、宮田の家も同様であった牧野は一応インターホンを押しのだが、宮田がでる気配どころか動いた気配が無かったので、無理やり中に入った

靴を脱いで中に入ると、教会や自分の家とは違い、外とまったく変わらない室温の部屋があった
息を吐くと、室内だというのに白く、カーテンが締め切られ、電気のついていない室内では、その白はよく目立った


牧野は、そんな暗く寒い室内を歩きながら
これは自分の勘違いだったのでは、と心配になってしまった


寝室のドアをカチャリと開ける


「………宮田さーん…?いないんですかぁ………」


もはや、自分の自意識過剰な発想が恥ずかしく、泣きそうになりながら、宮田がいることを願いながら、ドアから顔をひょっこりだした


宮田はいたことにはいた
しかし、



「………宮田さんっ!!?」



黒電話の前で、うずくまり死ぬように眠っていた

慌てて、牧野がかけよって、宮田に触れると、この寒い部屋を溶かすように、体は熱かった


「…っ、牧野さ、ん、ですか………?」


つらそうな声が暗い部屋に響いた



牧野の冷たい手のひらに驚いて、宮田が目を覚ましたのだ
牧野の姿を確認すると、眉根を寄せながら、だるそうに頭を押さえて、ふらりと立ち上がった


「すいません、気づきませんでした、今お茶か何か持ってきます」


先ほどと違い、しっかりとした、いつも通りの無感情な声


「良いですっ、それより宮田さん、どうしたんですかっ!!?」


いつもと違い声を大きくさせながら牧野が焦ったように言う


「………?何がですか」
「熱がありますよっ、気付かなかったんですか?」


本気で気付いていなかったのか、宮田は嘘つきを見るような目で牧野を見た

牧野は呆れたように、溜め息をつくと、膝をついて、宮田を抱き上げた


「!!!!?」


宮田は、まるで猫のように、体を大きく震わせ、警戒するように牧野を見た


「………ちゃんと寝ていてください」


普段のへたれの顔でなく、真面目な顔で牧野は言った
フラフラと、心もとないような足取りで、ベッドまで宮田を運ぶと、牧野は宮田の額に手をあてた



「熱………高い、ですね……どうしよう」


いかんせん牧野は看病などしたことはない
やれることはやりたいが、薬などは宮田の方が詳しいだろう


「……大丈夫ですよ、牧野さんは帰って下さい、うつりますから」
「で、でも……」


宮田は、牧野から離れて、ベッドから立ち上がるとおぼつかない雰囲気で歩きだし、棚からゴソゴソと薬を取り出した


鞄の中から、ペットボトルのお茶を取り出して、薬を飲むと、宮田はハアっと息を吐き出してダルそうにベッドへ行こうとした


しかし、フラリと倒れた

「宮田さんっっ!」


(ああ、頭を打つな)


どこか人事のように考えながら、宮田はそのまま倒れようとする

だが、倒れた衝撃はこなかった

「ほら、やっぱり無理じゃないですかっっ!」

牧野が支えてくれていたのだ
いつもは高く感じるはずの牧野の体温を、今日は低く感じて、宮田は自分は熱があるのだと始めて実感した


「……すいません、あとは大丈夫ですから」


頑として意志を曲げない宮田に、牧野が強く言った


「良いから、看病させて下さいっ!!」


そういって、牧野は宮田を寝かせて、キッチンへ向かった









ピッ

「…………大丈夫ですか?」

暖房をつけて、
冷たいタオルを宮田の額に乗っけると牧野は心配そうに顔を覗き込んだ


「………べ、つに……」

宮田はふい、と顔を背ける

牧野は困ったように笑うと、宮田の髪を撫でた


「……ウザい」


宮田は嫌そうに頭を振って牧野を睨む



暖かくなってきた部屋は、窓から滴を垂らすことはなく、ゆったりとした時が流れた
雨が上がったあとの太陽はやる気を出して、柔らかい日差しを部屋いっぱいに差し込んでいて、心地よさを呼んでいた

「宮田さん、どうぞ。あったかいですよ」


牧野は先ほど、急いで買ってきたはちみつレモンを宮田にあげると、そばに椅子を持ってきて座った


「……あり、がとうございます」


手にとって一口飲む
ほどよく飲みやすい暖かさになったはちみつレモンは、乾燥した喉を優しく通っていった


「……美味しいですか?」
「……………はい」


少しずつ、けど、みるみる無くなっていくはちみつレモンを見つめながら、宮田は呟いた


「あたたかい、ですね」
「確かに、今日はよく晴れてますからね」


窓を見ながら牧野は言う


柔らかい光が二人を包む
外からは子供の笑い声と、鳥の鳴き声とがキレイに重なっていた



(………アタタカイ、なんて知らなかった)



宮田は今までがむしゃらに知識を詰め込んできた
医学も、薬学も、歴史も、数学も、文学も
一人でよんで
一人で学んで
独りで成長した

家族なんて、ごっこ遊びのように、近くて遠く、

他人を知るたびに独りを知った




アタタカイ、なんて、誰も教えてくれなくて、
知ろうとなんて思わなかった

『宮田』に、そんなものはいらないから



「嫌いです、暖かいのは」
「え、どうしてですか?寒いのよりは良いじゃないですか」


目を伏せながら、宮田はつぶやく
牧野は宮田の髪を撫でながら、聞いた


「ひとり、で、いい……べつに、いら、ない」
「……………ひとりは寒いですよ」



牧野はわざと勘違いする
身をよじって、宮田は牧野の手から逃れる
布団の中に入り込むと、宮田はあまりの暖かさに泣きそうになった


「弱い、オレなん、て見たくない」
「牧野さん、も、美奈、も、みんなオレを、いつか置いてくんです」
「みんな、オレ、が、殺してしまうから」



今までは無かった感情がこみ上げそうになる


初めて、独りを怖いと感じた

初めて、自分の境遇を呪った涙は出ないのに、涙が出たように悲しい



ポタリ、



布団の上から、水が落ちる音がした




「っ……ひっく…」
「………ど、うして、アナタが泣いて、るんですか」




困った声で宮田が言う


「よく、わかりませっ、けど、ただ、このあったかさが、今だけでも続けばと」
「……………」


涙を拭いながら、牧野が言う


暖かい、暖かい、空気が包む


宮田は顔を出して牧野を見た



「すいません………牧野さん…すいません………………」




「…宮田さんは、困った弟、ですね」



泣きながら、牧野はいう
守るように撫でられた頭から感じる暖かさは、初めて感じた
兄の暖かさだった




まるで促されるように、重たい瞼を閉じた




はちみつレモンは空っぽだった





願い事を太陽に
 



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