5. 身の上話、聞いてくれますか?


リューンとの出会いはそんなに悪いものではなかったことを覚えている。出会ったのは2年ほど前の夜会。僕は…その夜会に参加していた。
その頃はまだ王宮に勤めていなくて、貿易ギルド内にいた。商人だったわけではない。
僕は、貿易ギルドの元締めの息子だった。
当時はかなり荒れた生活をしていて、家には寄り付かなかったものの、良くしてくれているガルシアさんの頼みだったから渋々参加していた(そろそろ家業を継ぐ準備をした方がいいと言われた。継ぐつもりはないけれど)。
華やかな夜会、というより、無礼講の宴会のような会場で、楽しそうな空気ではあった…けど、僕は乗り気ではなかった。
そもそも荒れた生活だったのは、理由があって。

「…ここから先の話は聞いていて気持ちのいいものではありませんよ?」
「別にいーよ。気にしない」
「…」

壁際でひとり、ぼーっと夜会を見ていた僕に声をかけてきたのは、やたらと見目の整った爽やかそうな青年だった。声も澄んでいて綺麗。思わず凝視してしまった。
…ああほんと、過去の自分をぶん殴りたい。ええ、言わずもがな、リューンが話しかけてきたわけで。その時は全くの初対面。しかし、僕の方はリューンの名前だけ知っていた。

リューンは、その頃からかなりの目利きと巧みな会話術で、色々な商談やら買付やらを成功させていた。期待のホープ、と言ったところでしょうか。
そんな話を聞いている、と言ったらリューンは「そんなすごくないってー」と恥ずかしそうに頬を掻いた。

そんなリューンに僕の身の上話をしようと思い立ったのは、リューンがとても上手に会話を運んでくれたことや、優しげな雰囲気に呑まれたからかもしれない。笑い飛ばしてくれるような気もした。何より、僕はこの鬱憤を晴らしたかったんだ。

「僕は…家が嫌いなんです」
「ふーん、そうなのか」

そう。僕は家が嫌いだ。いや、家族が、嫌いなんだ。


*


父親が貿易ギルドの元締めになる前の話。僕は、スラム街で生まれた。
とても貧しくて、日々の暮らしも危ういほどだった。雨つゆを凌げただけでも良しとしたほうがいいのかもしれない。
…5歳くらいまでは、何となく育てられた気がする。少なくとも食にはありつけていた。

5才以降は、放置。

一切のことをしてくれなくなった。俗に言う育児放棄…ネグレクトというやつだ。僕に全く興味を向けないようになった。理由は簡単。もともと父親は家庭に興味はなかったし、母親も義務的に僕を育ててるだけだったようだ。飽きたから、子育てをやめた。ただそれだけの話。

ただ、いきなり放置されてもどうしたらいいか分からない。一番の問題は、食べ物だった。家はある。放置されたとはいえ、追い出されることはなかったから。
でも食べ物はどうしようもない。家に備蓄はないし、お金もない。
家の外を見ると、痩せ細った子どもたちが見えた。スラムではよくある光景だ。
僕は自然と、「ああ、そうなるのか」と妙に達観していて、結果、スラムの子どもたちと身を寄せ会うようになった。

「エルヴェ…おなかすいたよぉ…」
「ごめんな…俺も何も持ってないんだ。パン屋さんに行ってみるか」
「寒いよぅ…」
「俺の布を貸してやるよ」

当時は、虐められたり、馬鹿にされないように口調を変えてみたりもしましたね。ふふ、今となってみれば、随分と滑稽ですね。

転機は、僕が13才になったときでしょうか。当時、我が国王陛下がスラムの解体を計画していて、スラムの者に職を与え続けていた。職業訓練、のようものも作って。
僕の父親は、商人となった。元手がわずかであったのに、時の運に恵まれたのか、莫大な資産を手にいれた。そうしてギルドを設立したわけですが…
父は、僕に目をつけた。
僕は、スラムの仲間の中でも、読み書き計算がしっかりできたし、整えさえすれば、見目もそんなに悪くない。
だから、使える、と思った、らしい。
自分の子どもだから、好きに使っていいだろう、くらいに考えたんだろう。後継者がいれば、財産をぶん盗られることもないし。
僕は、強引に家に連れ戻された。
抵抗したら拘束されたり、ご飯を抜かれたりすることもあった。
僕は、僕への仕打ちよりも、 スラムの仲間が気がかりだった。
結局解放されたのは、二年ほど経ってからだった。

*

「笑っていいですよ。ふふ…僕のことを見向きもしなかったくせに、馬鹿にしてる。自分勝手だ。…唯一ほっとしたのは、スラムの仲間が職を見つけていたことでしょうか。…最もそれは、僕がいなくても大丈夫だったってことなんですけど…だからね、頑張ることをやめたんです。実はそのあとも色々なことがあったんですけど…ほら、僕、今は王家に仕えているでしょう?でも、前みたいに自分が必要だとは思わな、」

言いかけた言葉を遮るように、頭をぽんぽん、と撫でられた。

「…え」
「頑張ったな」
「…」
「頑張った。ちょー頑張った!」

わしゃわしゃ、と頭を撫でられる。

「ちょ、ちょっと、やめてください、子どもじゃないんだから…!」

ぷい、と顔をそらすと、「…可愛い」と微笑まれた。

優しい人だと、思った。
思ってしまったんだ。
当時の自分の肩を揺さぶって考え直せと言いたい。だってリューンって男は、とんでもない奴だったんだから。

…まぁでも、僕は、リューンのこと、嫌いじゃない部分もあるんですよ?
僕の身の上を聞いて、引いたり同情して悲しんだりしなかったのは、リューンがはじめてだった。



本人に言ったら調子に乗るから、絶対に言ってやらないけど!




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