「name、」


マルクト帝国の貴族街に佇むガルディオス伯爵邸に勤める私がお屋敷の大広間の床掃除をしていると、本日は休暇のご主人様は私の姿を見つけるなりこう言った。


「君の仕事ぶりはメイドの鏡だね」


滅多にお褒めの言葉を口にしない彼からの発言に私は胸躍るほどに感動していると、彼は言葉を更に繋げた。


「自分の私室もそのぐらい綺麗にしていれば、ね」


にこりと微笑む金髪の彼をギロリと睨むと、彼は「恐い、恐い」と心にもないことを吐きながらソファにドッカリと腰掛けた。


「いつも君は屋敷の隅々まで綺麗にしてくれているからね。今日一日ぐらい構わない。私室の掃除でもしておいで」



確かに、お世辞にも綺麗とは言えないだろう。
色んな物が散乱しているし、クローゼットからは予備のメイド服がはみ出している。

彼は一体いつ、私の部屋を覗いたのだろうか。

まぁそんなことはいいとして、お言葉に甘えて今日は私室の掃除でもさせて頂こうか。



そうして部屋の掃除を始めて数分。

読んだらそのまま積み上げていた本を一冊一冊大事に本棚へしまっていると、
読み慣れた私の宝物『召使い物語』を手にしてガイラルディア様に憧れていたあの頃を思い出す。
今では憎たらしくてしょうがないけれど、それと同時に恋心も芽生えている。
偶然に重なる必然に、少しだけ笑みが零れてそれをしまった。

そしてもう一冊の本を手にして、その表紙を眺める。


「これ…どんなお話だったかな、」


一人呟いて、本の真ん中辺りを開いてみると、それはふんわりと可愛らしい挿絵の入った物語だった。


(あぁ、主人公の子が、私と同じ名前のヤツだ)


開いたそのページの文字を何となく目で追っていると、
気がつけば私はその物語の中へと引き込まれていたのだった。














お城に住む紅く長い髪の王子様は、面倒臭がり。

でもそれはそれは素敵な王子で、民衆からは人気のある男の子。

そんな王子とステップを踏むことが出来るチャンスとあって、街の女の子達は皆綺麗に着飾って、舞踏会の開かれるお城を目指す。



憧れの王子に会える、そして舞踏会という煌びやかな世界に足を踏み入れる、
例外なくnameもそれを夢見る女の子であり、
チーグルのお友達であるミュウにドレスを、
不思議な魔法使いティアに素敵な歌と共に馬車をプレゼントしてもらい、
彼女も街の象徴であるお城へと急ぐのだった。




nameがお城につく頃には舞踏会は既に始まっていて、
パートナーと寄り添ってうっとりとダンスを披露する何組もの男女を羨ましく見ていた。

さて、王子様はどこにいるのだろう。

nameがキョロキョロと王子を探しているその時王子はというと、玉座に深く腰を落として、肘を突きながら大公と話をしていた。


「アッシュ様、もう少し浅く腰掛けて…」

「ラダムスか。舞踏会なんぞに興味はない。俺は自室に戻る」

「アッシュ様、そう言わず…、あの娘など、いかがでしょうか?」

「あ?…屑っ」


舞踏会に全く興味がないアッシュ王子に、大公ラダムスがダンスの相手を探してはこうして一蹴されてしまう。

その時城の入り口に今し方やってきたであろう娘を見つけて、ラダムスはその娘をアッシュ王子に薦めた。


「アッシュ様、あの娘はどうですか?」

「……」

「アッシュ様?」

「……屑が、」


そう悪態をつきながらも重い腰をゆっくりと上げたアッシュ王子にラダムスはほっと胸を撫で下ろして、王子の向かい先を暖かい目で見守っていた。





「おい」



キョロキョロと王子の姿を探していたnameが純白のドレスをふわりと翻して振り向くと、そこには探していたその人、
アッシュ王子が目の前に立っていた。


「アッシュ様…?」

「お前と踊ってやる。手を出せ」


王子の不器用な物言いにnameは頬を染めてそっと手を出すと、優しく手を包んだアッシュ王子に導かれて、二人はゆっくりとしなやかに、花が咲くように躍り始める。

その様子を見ていた民衆は「わぁ」と歓声をあげ、先にダンスをしていたカップル達は王子とnameを囲むようにして二人をダンスで包んだ。


まるで時が止まったかのように二人は見つめ合って、緩やかにステップを踏む。
その姿は、息を呑むほどに美しい。


「あの娘よりも私の方が綺麗だわ!」

「どこの者なのかしら?」

「ちょっと待って。あの娘、どこかで見たことが…」


幸せそうに躍る二人を嫉妬の視線で見やる三人の女達は、nameを見て不信感を抱く。

そんな様子も目に入らぬnameは、大公の気遣いによってアッシュ王子と二人きりになれるよう、お城のバルコニーへとエスコートされた。


「アッシュ王子、私を選んでくださってありがとうございます」

「…お前が一人で突っ立っていたからだ」

「王子は心のお優しい方なんですね」


バルコニーの手摺に置いたままのnameの手を上からそっと包み込んだままのアッシュ王子は、耳まで真っ赤にした顔でツンとそっぽ向く。


「お前、名前は?」

「nameと申します」

「どこの家の者…」


その時、お城中に大きな鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響き、アッシュ王子とnameの会話を遮る。

その鐘の音を耳にして「いけない!」と大きな声を出したnameは、
重なっていた手も惜しむ事無く身を翻した。


「ティアの魔法が解けてしまう…!」


ふわふわと舞うドレスの裾を掴んで、舞踏会の中を走り抜ける。


「おい!!」


突然の彼女の失踪に驚いた王子は直ぐに彼女を追いかけたが、お城の長い長い階段まで追いかけると、既にそこに彼女の姿はなかった。


「なんなんだ、あの女は…!」


王子が途方に暮れたように階段の上から彼女が姿を消した方を呆然と眺めていると、
ラダムスが王子に「これを、」と靴を差し出した。


「アッシュ王子。あの娘の、ガラスの靴かと」

「…丁寧に、置き土産なんざ残しやがって」


ガラスの靴を壊さないように手にしたアッシュ王子は、
ガラスに映る自分の顔を見て決意した。







後日、アッシュ王子はラダムスと数人の兵士と共にガラスの靴ひとつを手がかりにして、nameを探し出す為に街へ訪れた。


nameはと言うと、あの夜のアッシュ王子の手の温もりを未だ噛み締めて恋焦がれている。

そんな中、nameの住む屋敷の意地悪な三姉妹は、「アッシュ王子がnameという娘を探している」という話を聞きつけて、nameを部屋から出さないように扉に鍵をかけてしまった。


暫くしてアッシュ王子達が屋敷を訪れ、「nameという娘はいるか?」という問いに三姉妹は首を横に振ると、大公が大事に持っていたガラスの靴を奪い取り、「これは私の靴です!」とサイズの合わない靴を無理矢理履こうとする。
アッシュ王子が機嫌を損ねたら手に負えない。
王子の顔色を伺いながら三姉妹達の横暴を止めようとラダムスが間に入ったところで、

王子に会いたい、

王子を愛している、

そんな気持ちを汲んだミュウとティアの助けも手伝って、屋敷の奥からnameが姿を現した。


「アッシュ、王子…!」

「…汚ぇ服だな。お前には白いドレスが似合う」


舞踏会で出会ったときとは雲泥の差があるみすぼらしい身なりでも、
アッシュ王子は彼女がnameだと直ぐに解った。

その嬉しさと、王子と再会できた喜びとに身を任せたnameは、
両手を広げるアッシュ王子の胸に飛び込んだ。

王子がガラスの靴をnameに履かせると、
手の甲にそっとキスを落として、優しく彼女を抱き寄せた。

















「ってちょっと待った。nameだのアッシュだの、嫌がらせか、この本は」


突然我に還る声が降ってきて、夢中になって読んでいた本から視線を上げると、
そこには本を覗き込みながら眉間に皺を寄せたガイラルディア様が立っていた。


「び、びっくりした…」

「やけに静かだと思って様子を見に来たら、読書かい?」

「ち、違っ…、これはですね、」

「片してたらつい、だろ?」

「…すみません」


ガイラルディア様は私が読んでいた本を取り上げて、パラパラと捲くる。


「アッシュ、王子ね」

「紅い長髪なんて、本当アッシュさんみたいですよね」

「街娘nameと結ばれるんだろ?」

「そうです」

「よし、捨てよう」


要らない物はコッチか?と言ってガイラルディア様はその本を無碍に扱うので、私は慌てて彼から本を取り返した。


「ヤキモチ妬いてるんですか?」

「別に」

「もう!アッシュさんはナタリア様と結婚したでしょーがっ」

「妬いてないって」


彼は至極機嫌悪そうに腕を組んで、部屋を出て行った。


機嫌の悪くなった彼の相手をするのは大変だけれど、
ささやかながら彼に妬かれた私は、
彼とは対照的に満面の笑みで背中を見つめていた。


「name、紅茶」

「はい!」





Prince of love

(絵本の中の私は)
(無愛想なアッシュ王子様の傍に寄り添って)
(幸せそうに微笑んでいた)


―――――


この度相互記念にはなのなまえのこうさんが素敵なお話しを創って下さいました!こうさんの書かれるお話しは面白いだけじゃなくて構成も巧みで一気に引き込まれます。

相互の記念にお話しを創って下さるとのことで、童話パロでお願いしたところ…アッシュ王子降臨!!…なんと…こうさん、私の心の内でも見透かしてしまったのだろうか、ええ、ええ。ドツボです。ラムダスがお話しにフィットしすぎです流石です。しかも長編のガイさまが妬いてくれました。本捨てないで(TωT)お願い伯爵さま。

この度はすてきなお話しを考えて下さってありがとうございました!!これからも宜しくお願いします。


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