「失礼しますよ、将軍」


今回の声は救いの声じゃあないな、とカイナは判を押しながら一人思う。


「おう、遠慮せず入れ」


「……陛下?」


「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」


椅子にもたれかかりひらひらと手を振るピオニーを見て、ジェイドは顔をしかめる。


「将軍、これは一体どういうことですか」


「どうもこうも見たままの状態だよ」


とうの昔に追い出すのは諦めている。

そんなカイナと、悪びれた様子のないピオニーを見て、ジェイドは深いため息をつく。


「どうした、そんな渋い顔して」


「…これをお願いします。うるさいのが居なくなったらまた来ますので」


「はい。お疲れ」


書類を受け取ったカイナは半笑いだ。それを見ながらピオニーは眉をしかめる。


「ジェイド、うるさいのとはどういうことだ」


「そのままの意味です。では、失礼しますよ」


ジェイドは口早にそう言うとバタンと扉を閉めて去っていった。ぶーぶーと文句を言うピオニーを見ながら、カイナは心の中で頭を抱える。

これは煩くなる。この先一年分の有休を賭けてもいい、必ず五月蝿くなる。


数十分後、そこには部屋中をゴロゴロと転がるピオニーの姿があった。


「ひーまーだー」


ひまだ暇だヒマだー!と手足をばたつかせたり転がり回ったりするピオニー。


「僕は忙しいよ、ピオニー陛下」


ああ、このダメな大人の典型例をどうしたらいい。そんなことをカイナが思っていると、控え目に扉がノックされる。


「失礼しま……」


そう言って一歩中に入ったクロームはピオニーを目にするとびくりと肩を震わせ、そして――


「……した」


何事もなかったかのようにドアを閉めて退室した。

自分の上司の部屋に行ったら何故か皇帝陛下が床でゴロゴロと転がり回っていれば誰だってそのような反応を取るだろう。


「ちょっと、帰っちゃったじゃん」


「ま、気にすんな!」


はっはと笑うピオニーを見て、カイナは眉を上げる。


「あれ、いいの?」


「何がだ?」


「ジェイドじゃないんだから、多分ゼーゼマン呼びに行ってるよ」


「なっ…」


ピオニーの顔がひきつる。そうこうしている間にも、クロームはゼーゼマンを呼びに行っているだろう。


「はいはい。見つかりたくなければ隠れた隠れた」


三人ほど駆け足でこちらに近付いてくる気配がする。そう言うとピオニーは慌てて天井裏へと戻っていった。椅子と棚が汚れてしまったが仕方ない。


「失礼するぞ」


「こんにちは参謀長官」


入ってきたのはゼーゼマンにガイ、そしてやや顔をひきつらせたクロームだ。

カイナが至って平静を装った表情で挨拶をすると、ゼーゼマンは軽く頷き口を開く。


「陛下、居るのは分かっていますじゃよ」


「…逃げたかな」


ぼそりと呟いたカイナの言葉を、ガイは聞き逃さなかった。


「逃げた、ということはやはり居たんだな?」


「あ」


しまった、と思ったカイナが腰を浮かすと、クロームがその肩をがしっと掴む。


「お付き合い願います、将軍」


逃げられない。

そう察したカイナはため息をつくと小さく頷いた。

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