捨て猫は

もしかしたら知っていたのかもしれない。自分が棄てられた事実と、それでも生きようとする生の執着。

仕方がないと賢く理解しつつ、奥深い所で何かを怨むかのように、冷たく微笑んで。か細く助けを求めすすり泣く声に嫌気がさして、強く生きる術が答えだと、あくまで凛と行く末を見つめる瞳が。

儚げだった。


Hello,kitty?
::チカさんへ|相互記念|ジェイド|長編Jeanne dArc番外編


グランコクマのいつものバーで、傾けたグラスの氷がカラカラと小粋に響く中、視線が游ぐ。その視線は緩やかに、カウンターの隅でアプリコットカラーのそれを虚ろに見つめる一人の女性へと注がれていた。

気付けば自分から声をかけていた。

「お連れの方は来られましたか?」

勿論、一人で訪れていることなど承知だった。彼女は特に驚くこともなく横目でチラリと一瞥して「よかった。今やっと来てくれたみたい」と、彼を指して言った。

クスクスと笑う彼女は近くでみたなら、まだあどけない少女だった。それに気付き何故かヒヤリと可笑しな感覚が背を通り過ぎた。

「お兄さん、見てたでしょ私のこと」

突発的に擽るような淡い誘い文句を投げ掛ける。…きっと無意識なのだろう。

「ええ、折角のオンザロックのウィスキーが水割りになる程の時間ずっと」

ふーん、と笑いながらも全くもって興味を抱いていない瞳に反対に興味を持ったのは彼のほう。

「どこかでお会いしてませんか?」

きょとんとしたかと思えば、首をかしげて唸るように考え始める彼女を見て少しだけ笑いが込み上げてくる。勿論中傷的な意味でなく、微笑ましく思えて。口説きの常套文句に真面目に答えようとしていた彼女は申し訳なさそうに口を開いた。

「多分…貴方のような人、一度見たなら忘れないと思うの。勿論いい意味で」
「ふふ、私もそう思います」
「?」

話に花が咲き、当たり障りの無い会話が続く。不意に魅せる哀しげな彼女の横顔に不安のような居心地の悪い感覚がよぎる。閉店の時刻を告げる針は妙に進むのが速く、何一つ彼女を"知る"こともなく御開きになるその状況を恨めしくも思う彼は言わずもがならしくはない。

「またお会いできますか?」

別れ際、引き留める為だけの一言。ぶつけたなら彼女は妖しく笑って頷いた。小指を目の前に見せて、約束ね、と指を絡ませて。

彼女から背を向けて歩き出した。

ふわりと凪いだ髪の軌道をなぞる。曲がり角を横切る猫の尾がユラユラと誘うように凪ぐように。凛と。その背に負われた贖罪も過去も知ることなく、彼もまた背を向け反対を行く。

二人が再度出会うまで。

その刻は短く、余韻すら浸れない程。

「明日は就任式かあ」
「明日は就任式でしたね」

それぞれの呟きは漆黒の星の下。それは未来へ交錯する前の、ほんの一時のお話し…。



100411up

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