「私には未だに理解出来ないことがあるんですよ。いわばその欠如が私の欠点、ではないでしょうか」

言った後、きょとんと目を丸くした彼女の顔をみて彼は察する。あれほど博識な彼が理解できないとは一体どれ程の難題なのだろうと、nanashiの瞳が上を向いていた。ジェイドは理解出来ないのは知識や学問の類いではなくて"感覚"が、と付け加えて言った。

「感覚?」
「ええ、人の死に対する感覚です。一般的にいう悲しいという感情が湧かない、湧いてこないというべきですかね」

nanashiは、そういう彼の表情が何処か哀しげだとは言えなかった。

「やっぱりジェイドには欠点なんてないよ」

不意に出た言葉はそれだった。

「来週イオン様を介してキムラスカに和平の親書を届けに行くでしょう?」

何処から伝えればいいものか、拙い説明が浮いている。しかしnanashiは緩やかに話していく。

「マルクトとキムラスカの平穏の橋渡しを…貴方はするのでしょう?戦争で幾千の命を失ってしまう前に。だから…貴方は解ってるはずだよ」

死の意味も、それが何をもたらすのかも

カタリと席を立ち、彼に歩む。それに合わせてジェイドの座る椅子が横に向く。触れる距離に来たなら、nanashiは覗き込むようにして彼の視線を捕らえて言った。

「人それぞれだよ、ジェイド。声を上げて泣くだけが悲しみじゃないんだから」

貴方のことだから、きっと

「悲しみっていうものを言葉に置き換えるなんて出来ないもの」

貴方の心はちっとも壊れてなんかない

「なぜ貴方が泣きそうになるんですか?」

苦笑する彼に、貴方が泣かないなら代わりに泣いてあげる、と告げればその発言はなんだか論点が外れているようで、nanashiは照れたように笑っていた。飲み込まれるように彼に体を預けたなら、受け止める準備は既に出来ていたらしく軽々と抱き止めた。

ジェイドがたしなんでいるという香水の薫風がふわりと漂う。

「意外と脆いんだから、ジェイドは」
「…そんなことを言うのはnanashiくらいですよ」
「ふふ」

腕の拘束は強くなり、頬と頬とが触れ合う。吐息の流れも、音も、耳に伝っては体温が上がる。

「来週から長期任務だから暫く会えないね。寂しい?」
「ええ。割りと、そうかもしれません」

淡々と言われているのにそれはなんだか切なげで。だから余計に胸の奥が絞まった。

見え隠れする彼の脆さに、戸惑うこともある。理論だとか学問的な考察で答えを求める貴方を、たまに不器用だとも思う。もやもやとくすぶる何かがじれったくて、自分よりも幾分大人で知的な彼に、耳元で囁いてみる。子ども染みた悪戯な囁きを。

ジェイドの弱点、私だね?

言ってみれば彼は珍しく声を出して笑い、それ故に目尻に溜まる涙を拭ったなら、膨れる彼女に彼もまた囁いて言った。

「敵いませんよ、貴女には」

普段よりもずっと低いテノールの声に侵されたなら後は呑まれる一方で、閉じる瞼に、彼の近づく距離を知った。


Fragile
(おーい、ジェイドにnanashiー、遊びに来たぞ…ってなにやってんだお前ら!!)(ピ…ピオニー陛下)(サボってねーで仕事しろよ!)(あんたが言うなっ!)



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