16 溢したその笑みはどうやら似つかわしくなかったらしい。らしい、とまるで他人のように思う彼女は彼女で充分その行為に違和感を覚えていた。 今みた走馬灯。 捲る記憶が、唐突で、不可思議で。口にしてしまえば滑稽だとわかる程、浅く淡い、されど奥深くにずっしりと重く残っている記憶があった。 ジェイドが先だもん だからサフィはその次ね! ああ。また思い出す。 * * * 銀世界は目に刺さる程に眩しく、その頃見ていた何もかもが輝いて見えた。くすくすと笑う姿は小悪魔といえば随分安直だがきっとそれだった。サフィールの泣きそうなハの字の眉を見る度に、うきうきと楽しんだ。好きな子程にいじめたくなる。男女の立場がまるで正反対なリヴとサフィール。 くるくると雪上を踊る小さな悪魔は嬉々と笑い、駆けていく。器用に後ろ足で。サフィールのぐずる顔が次第に遠退いていく。 なんで追いかけてくれないの? 素直に疑問を持った。同じくして、つまらないとも思った。そんな彼に自分からなびくことが滑稽に思えて。不満そうに寂しそうに表情を歪め、リヴは曲がり角を行く。 しかしそれ以上は進まなかった。塞き止められていた、雪よりも冷やかな顔をした彼に。 「わ、ジェイド」 少し引きつったように彼の名を呼べばそれが気に障ったらしく、更に冷淡に表情が歪んでいた。それよりもリヴはサフィールとの会話を彼に聞かれていたかもしれないということに、さっと血の気が引く程の寒々しい気配を覚えていた。 「えと…」 「聞こえてたよ」 「げ」 取り繕い方を知るわけもなく、女の子にしては可愛げのない一文字が溢れていた。恥ずかしさのあまりにみるみる赤面していく。失語症。頭からか顔からか湯気が出るとはよく言ったものだ。そんな中、彼は体温の無い言葉をリヴに向けて放った。 「楽しい?」 淡白にも程がある。ジェイドが投げた一言が、痛烈で、何より許せなかった。乙女心を理解して欲しいとは思わないが、彼がどういった意味で投げかけた言葉の意味が嫌に理解できて、腹が立った。 「だってサフィールいじめたくなるんだもん。だいすきだから!」 それが精一杯だった。今思えば何を熱り立つことがあっただろう。幼いリヴはそう言い放った早々、泣き出してしまった。幼稚な見解ながら、今の私をみて彼は鬱陶しいと思っているんだろうな…、などと思っていた。確かに彼は溜め息をついて、ビー玉のように無機質な視線をリヴに向けていた。 「リヴ」 「う…ジェイドきらい!」 「ああそう僕もだよ、でもサフィールの方が今はもっときらいだ」 「?」 意味がわからなかった。もともと小難しいようなことを淡々と言う彼だったけれど、今のジェイドの発言は全くわからないでいた。 そんなリヴを 彼はなんの前触れもなく あれ? ますますわからなくなっていた。ただ涙は止んでいて、きょとんと少し間の抜けた顔をしてジェイドをみていた。そんな彼はにこりと微笑してリヴに問う。 「ねえ、まだサフィールのことがすき?」 何がなんだかわからない。 それもそうだ。 何の前触れもなく…彼は触れるだけのキスをした、のだから。 10/1/17up [←prev]|[next→#]|story top |