「あ、見えてきた」


 視線の先に見えたのは、船旅の終着点カイツール軍港。ジャンヌは両腕を上げて大きく伸びをした。緊張感のない様子もそのはず、この頃すでにルークの捜索は終了していた。ルークが見つかったのだ、ジャンヌが軍港に到着する前に。


 
 数時間前、一匹の伝書鳩が船を追いかけ海上を滑らかに渡ってきていた。送り先は今しがた向う軍港から。鳩の脚に括られたその伝令には、ルークの発見と一行がカイツール軍港へ向っているという旨が書かれてあったという。そして、今ジャンヌの乗っているその船でキムラスカに帰港するとのことだった。


(本当にガイ、ルーク見つけてたんだ)


 ほっと吐いた息。そのことについては安堵もできる。けれど、続く文面には思わず眉根が潜んだ。



「今ルークと一緒にいるのがガイと、…グランツ響手、導師イオンとその守護人。それに敵国の軍人が一人。それとチーグル?…か」


 ルークの無事を確認できてはいるものの、正直そのパーティが形成された経緯を聞きたい。そうでもしない限り信じられなかった。行方不明だと聞いていた導師イオンに加え、敵国の軍人とは一体どういうことだろう。困惑した。否、現在進行形で困惑している。ガイ…がんばってよ。心の中で呟いた。それから、


「謡将も軍港に…」


 不謹慎にも心臓が鳴った。それを正すようにすうと息を吸い込む。仮に待ち遠しいと思う感情だとして、ならばそれは一体どこから湧いてきている感情なのだろう。




 やがて起こる喧騒を、今は誰も想像しない。柔和な潮風が嗤うように一度吹いた。
 港に到着した、まさにその時だった。焦げ付いた匂いが辺りに充満し始めたのは。













 胸騒ぎがした。
 そばだてた耳に唸り声を聴く。ばさばさと風を切る羽音がやけに喧しく響いた。


「この鳴き声、魔物……?……ッ!!」


 一瞬の出来事だった。
 爆風。轟音。―そして炎。


「なッ…なに?!」


 続く火熱による発火、第五音素が勢いを連れて荒れ出した。喧々囂々と叫ぶ声、人々の喧騒が船内になだれ込む。充満する譜業油の匂いに頭がくらくらした。そして現れた魔物、それらが船体を駆ける音が騒然と響き渡った。


「ライガ…!」


 背筋が冷えた。熱気を浴びる体とは裏腹に。ばくばくと胸が鼓動する。どくどくと脈が走る。震える指先が、腰にささる剣に触れた。


 炎と喧騒。
 これは…―悪夢だ。










「なんだ…あれ?」


 カイツールの軍港に入って早々。唸り声を聴いたルークが耳を澄まし、行く先に目を凝らした。


「魔物の鳴き声だわ…」


 ティアがそう呟いた。上空を見れば、桃色の髪がよく目立つ小さな女の子。そして彼女を乗せた猛禽類の魔物が燃え盛る炎の上を旋回している。


「あれ、根暗ッタだよ!」


 不気味な人形を背負ったツインテールの少女――アニスが叫んだ。ただならぬ状況を理解して、一行は駆けた。







 その光景に愕然とする。
 停泊しているどの船からも火柱が上がっている。轟々と立ち上がるそれは赤く、黒い。焼けた人の匂い、生温い血の匂い。その惨状に絶句する。ぐっと絞めつける喉から、ルークが言葉を絞り出した。


「なあ、ガイ…! 言ってたよな、カイツールにあいつ来てんだろ!?」
「おい、待てルーク!!」
「待てるかよ、あん中にいるかもしんねえだろ!?」
「馬鹿…! だからってあの炎の中に突っ込む気がお前!」


…ドン―…!


 船体が暴発する。その音にルークの心臓が跳ねた。焼かれていく船体。炎は、まるで生き物のようだ。ガイに腕を掴まれ制止するルークが、顔を強張らせ叫んだ。


「ッ……ジャンヌ!!」


 燃え広がる軍港の先に、その名前を呼ぶ。





















「……ジャンヌ…?」







 状況にやや不釣り合いな囁き。復唱された名前は、蒼い軍服の彼、死霊使いの口から溢されていた。




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