刻々、ジャンヌは報告を続けた。


 目前にはキムラスカ軍の元帥、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ。彼の額に深く皺が刻まれていく。


「侵入者がヴァン謡将の妹だと…?」
「はい。神託の盾騎士団情報部ティア・グランツ響長と」
「それで、屋敷に侵入した目的が謡将だと言ったな」
「そのようです。…ですが剣戟の際ルーク様が剣を振われ」
「疑似超振動が起きた。そして何処かに飛ばされたと」
「……、申し訳ありません」
「……。ルークは不測の事態に巻き込まれたということか」
「いかに不測であったとしても、事実ルーク様をお護りできなかったのは全て私の」


「偶然にしては些か出来過ぎているようだが」


 ジャンヌの謝罪を遮って吐かれた公爵の言葉に、下げていた頭が起き上がる。ファブレ公爵の懐疑的な視線がジャンヌの双眸をじっと捕えていた。出来るだけ平常を装い、ジャンヌは言葉を返す。


「それは一体…どういう意味でしょうか」
「……。」
「失礼ながら、もしや謡将をお疑いでいらっしゃいますか?」


 憤然とする心を抑えてジャンヌは公爵の瞳を見やる、ただまっすぐに。ルークと同じ、新緑色の瞳。同じであるはずなのに、どこか差異を感じる。混線した視線にジャンヌは怯まない。怯みたくない。続く言葉を待った。








「君もだよ、ジャンヌ」


 どくり。血脈の音がした。
 その言葉に、というよりも彼のその瞳から放たれる威圧感に。キムラスカ軍を統率してきた力量者の黒い部分が、ふと顔を出した。


「……。お言葉ですが、…私は」


 喉に貼りついた言葉を剥がす。高鳴る心臓を戒めるように、ひとつずつ。


「白光騎士の一員、そしてルーク様にお仕えする一人の騎士です。その忠義を違えた覚えはありません」
「それならいいのだが」


 公爵は喉で一笑して、事もなげに指示を出した。


「ジャンヌ、今回の件、君の処分は追って伝える。今はルークの捜索に尽力してもらおう、…違えぬ忠義とやらを持ってな」
「…御意に」
「報告は以上だな。下がれ」


 ジャンヌは規則ばった作法に準じ一礼する。そして去り際に、言葉を置いて扉を閉めた。


「ヴァン謡将は今、陛下に急をお知らせに登城されています。…ルーク様の捜索にきっと尽力くださることでしょう。では、失礼します」


 控えめにそっと閉じられた扉の外。ジャンヌはポーカーフェイスを崩さないまま、ぎりりと拳に力を加えた。その先が、小刻みに震えていた。













「いい? ガイ。わかっているとは思うけど絶対に城には行かないでね」
「百も承知さ。というかジャンヌならまだしも使用人の俺がそう簡単に城に入れるわけなんだけどな」
「……、ナタリア姫。…たまに天然だから」
「(…たまに?)」




 先ほど、ナタリア姫の使者が屋敷にやってきた。
 ルークが姿を消したという報告を受けた彼女が、落ち着いていられるわけもなかったのだろう。ナタリアの困惑ぶりを使者は語ったが、ジャンヌもガイも容易に想像できた。
姫の強引な命にしぶしぶやってきた使者が涙ながらに語る。ルークの捜索に自分も行くのだと、周りの止める声を聴かないのだという。
 そして王に隠れ、二人に捜索に加わる算段を立てに使者を仕わせたらしい。是が非でも、登城するよう強要めいた伝言を聞いた。


 もちろん、ジャンヌがその要求に応えるわけもない。一国の姫君を捜索に、ましてや敵国に渡らせるなど言語道断だ。ジャンヌは使者にこう返した。


「ナタリア姫にお伝えして、"わかりました、姫。準備が整い次第、私ジャンヌ・クレイドがお迎えに上がります。ですので私が迎えに行くまで暫しの間お部屋でお待ちください"……って」


 隣で聞いていたガイが、ピンと閃いたように賛同して頷いた。使者もなるほど、と一度頷きジャンヌの伝言を手土産に城へと戻って行ったのだった。




「まあもちろん」
「行かないんだろ?」
「あ…当たり前でしょ! そうでも言わないとあの方なら本当に加わり兼ねないもの。……、後が恐いけど」


 ぶるりと悪寒がジャンヌの背中を通り過ぎた。


「背に腹は代えられないし」
「だな。…ところでジャンヌ、君も捜索に加わるんだろう? 派兵された領地はどこなんだい?」
「まだ決まってないよ、今振り分けの最中。それで参謀本部の指示待ちなの。…私は白光騎士だし、キムラスカ兵がそう敵国に行けるわけもないから多分、キムラスカの領地のどこかじゃないかな。…、ガイは」


 ちら、と横目で彼を見た。 


「単身でマルクトに行くんだって?」
「ん? ああ、そうらしい。全く使用人風情の俺が高く買われたもんだな」


 捜索に駆り出されなかった白光騎士の視線が痛かった、と彼は謙遜して笑って言うけれど。


 ルークとの剣舞の際に見るガイの太刀筋は、いつだってその力量の片鱗を十分に示していた。彼は強い、恐らく今の自分よりも。だから、単身でマルクトに行くことも大して心配はしていない。きっと、無用なことだから。柔和に笑って、ジャンヌは言った。


「だって、ガイは強いよ?」
「はは、そっか?」
「うん」


 捜索に行くなら私もガイとだと気が楽なのに、ふとはにかんでそう言った。


「…期待しとくよ」
「なにを?」


 主語のないガイの言葉にジャンヌは首を傾げた。


「出来るなら、俺も君と二人で行きたいからさ」


 きらきらきらきら。金髪の発色と重なってか、ただただ彼が眩しかった。


「…………。はあ…」
「また、溜息!?」
「ガイさ、さらっとそんなこと言っちゃうからメイドたちに構われるんだよ」
「…え?!」
「駄目なんだよ、女の子みんなにそんな気を持たせるようなこと言っちゃ。私はだいじょうぶだけど」


 ちちち、と指を振りたしなめるジャンヌ。存外にあどけない彼女の様子に、ガイは少し面食らった。


「さてと、派兵先知らされるまで身支度済ませないと。じゃね、ガイ」
「ん、…ああ」










(私はだいじょうぶ、…か…)


「君になら、…気くらい持ってもらいたいところなんだけどな。ジャンヌ」


 去って行ったジャンヌの後ろ姿。それを見送るガイの口からこんな独り言が溢されていたとか。




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