呼ばれて来てみれば
既に出来上がっているのかへらへら笑うおっさんが一人、こっちにおいでと手招きをしている。なんでだろう、自然と頬が引き攣った。

「姉さんすいません、どうしてもって駄々こね始めたもんで」
「やっぱりまたレイヴン…」
「すんません」

毎度のことだとわかってはいた。自分を呼びに来たギルドメンバーの一人も、一連の流れに慣れてしまったのか初めの頃より随分軽薄になったものだ。それはこの際もういい、しかし納得できないのは

「その姉さんっていうの…やめない?」
「え、姉さんは姉さんじゃないですか。敬意を込めてるんですよ、レイヴンさんの女ですもん」
「違うから」

即答すれば、違うんすか、とびっくりするその彼にびっくりする。なんでまたそんなことになっているか。湧き上がる苛立ちの行く先は勿論そこのおっさんに向かう。

「おめでたい頭、お花でも咲いてるの?」
「イヴちゃーん! おっさんに会いに来てくれたのー?」
「ちょ…呼んだのはレイヴンでしょ! やだ離してよ酔っ払いー!」

来て早々むさ苦しい抱擁を受けてそのまま倒れそうになる。心臓の音だけが、やけにうるさい。

「イヴちゃんが冷たいー」
「世間一般の自然な反応だから!」

そうなのー?とすっとぼけるレイヴンは猫みたいに笑う、歳に合わず子どものようだ。そんな彼に安々と心を掻き乱されていく自分がみっともなくて、つい口に出してしまうのは可愛げのない言葉ばかりだ。けど、偽りなく巣食う気持ちは今日もどこかで彼に期待してはまたモヤモヤしていくのだろう。もどかしい距離に焦るのか、嫌気が差したのか。まるでおぼつかない天秤みたいだ。

「あら…レイヴンじゃない」

酒場に現れた女性は、なんともいえない色気を帯びていてその艶めいた瞳はレイヴンに向けられていた。レイヴンとは顔見知りらしく親しげに挨拶を交わしている。女の人は彼の肩をなぞり、視線をイヴに向けた。

どことなく虫の居所が悪くなる。それに気付いてかそうでないのか、くすりと笑うその人は品定めでもするかのようにイヴをみて言った。

「お譲ちゃん、ここお店だからもう少し静かに…ね。外まで聞こえてたわよ」
「あ…ごめんなさい」
「にしても随分趣味が変わったのねぇレイヴン。幼くてかわいらしい子」

充分な皮肉。かっと赤くなった頬は恥ずかしさよりも嫉妬の方が勝っていた。彼の隣りに似つかわしきはどちらかを、見せつけられているようで。そう思う自分がどうしようもなく嫌だった。そんな姿を彼に見られていると思えば思うほど、その場にいるのが苦痛になる。

「イヴちゃんは大人よー、どんな女の子も敵わないくらい。まあおっさんしか知らないことだけどねん」

いししと屈託なく笑うその言葉に、イヴは唖然とする。その反面目の前の女性は醜態を晒していることに気付いているのかそうでないのか顔を歪ませ、あからさまに眉根を潜めてフンと踵を返して去っていった。

「やな感じぃ。気にしちゃダメよイヴちゃん…イヴちゃん?」

俯いたイヴはテーブルをバンと叩いて、その勢いのまま店を飛びだした。焦ったレイヴンが何か言っているけれど、何も聞こえない。聞きたくない。黙々と足早に駆けるも、追いついてしまったレイヴンの手はイヴの腕をがっしり掴んでいた。ぜいぜいと荒げた息が響く。

「…からかいたいだけ? それとも面白がってるの?」
「ちょっとなに言いだすのよイヴちゃんー、そんなことな」
「じゃあなんで? なんで意味もなく呼びだしたりするの。抱きついたりするの。他の人には自分の女だとか言っちゃうし。なんか恥ずかしいこと言うし!ほんとわかんない。振りまわさないでよ私のことなんとも思ってないくせに!」

ああ、みっともない。こんな汚い感情、見せたくなかった。瞬き一つしたなら、ぱたぱたと抑えきれなかった涙が落ちた。その涙を紫の半纏が拭う。あやすようにぽむぽむと撫でるその手を払うことも出来ずに際限なく涙は溢れた。

「ねえイヴちゃん」
「…なによ」
「抱きしめてもいい?」

は?と思わず彼を見上げたら、申し訳なさそうに困り顔を作るレイヴンがいた。なんだか馬鹿らしいようなくすぐったいような、生温い感覚が胸に馳せた。どうぞ、とぶっきらぼうに告げるが速いか、半纏の中にすっぽり包まれてしまう。

「ごめんね」
「なにが」
「いろいろ」

曖昧な返事を正す必要はなかった。次に告げられる言葉を、その腕に抱かれたなら嫌でも気付いてしまうのだから。

彷徨うが酔い
すき、だいすき、あいしてる
…先に言ってよ。待ちくたびれた
むう


110129up
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