彼女の首に這うのは紛れもなく自分の舌だというのに、その体はまるで自分のものではないような、眠気に似ているぼんやりとした感覚。咄嗟に? 不意に? そんな単純な言葉で片付くことでないだと知っているのに、その行動は止まなかった。枯れきった涙に交じって今も止まずに繰り返されるのは、拒絶の声。 乱れきってしまった服から覗く肌は小刻みに震えた。目にすればなんだか無性に苛立った。ディスト。と、微かに聞こえたその名前が更に自身を激昂させて、冷静を欠いた自分は呆気ないほど単純だった。苛立ちに従えば、呼ばれた彼を吐き捨てるように罵踏した。あの洟垂れのどこがいいのか、とか。それに類似する言葉がつらつらと流れ出たと思う。 「ッ…さいてー…」 イヴが感情的になる時は滅多になかった、ひとつディストのことを除いて。滾る気持ちの意味はわかる。嫉妬。と、疑問。少なからずイヴの視線が自分と重なる度に、不確かではあるのに確信じみた期待をした。今思えば、その視線を辿って毒されていたのかもしれない。妬みと愁いとが混じってしまって。 彼女の意志の強そうな瞳を間近で見てしまえば、揺るがないディストに対する一途な気持ちが厭というほど伝り、巡る血液が体内の奥底まで沸き立っては眩暈がした。所詮は自分に向けられていた視軸など錯覚で、ただの勘違いと自惚れだったことに気付いてまた。嫉妬。 なぜ自分ではないのか。 なんて随分幼稚な疑問。苦笑して溢した自嘲に、すっと伝った涙は自分が流したものであるというのにまるで実感がなかった。心が切迫してぎしぎしと痛むだけで。 「ジェイド…」 いっそのこと喚き散らして拒絶されたほうがどれだけ救われたかしれない。呼ばれた声に顔を上げればまっすぐ返ってくる瞳の光に。狂わされる。その狂気ごと呑みこんだ瞳の奥に今何が映っていたとしても。 初めからこうすればよかった、と。抱いた汚い感情ごと絡め取るように、イヴの唇に触れた。…自分の指が。愛しげになぞる。 …もうその腕が抵抗することはなくて、それを合図に強く引いた反動で被さるように倒れてきた彼女の横顔を見れば。顔を出し始めた所有する自我の強さにどうにかなりそうだった。 もういいじゃないか、このまま。 自分のものにしても。 メルトダウン 融け落ちたら、最後 この人を前に抑制する手段は皆無だと知る 110107up short top |