海に飛び込もうとしたルークの声がガイの耳を掠めた。その時既にガイの姿も同じく、イヴを飲み込んだ海へと投げ出されていた。それは自らで。荒ぶる波が二人を覆って間もなく、その紺碧な海に二人の姿はなかった。

「ガイ! イヴー!」
「ルーク駄目よ! 波が荒過ぎるわ」

今にも飛び込もうと身を乗り上げたルークをティアが制した。二人を心配する隙すら与えない敵の攻撃が振りかかれば、兎にも角にもまず率先しなければならないのは目の前のそれらしい。

「くそっ…イヴは泳げねーんだよ!」
「落ち着いてルーク、ガイならきっとイヴを」
「けどあいつ…触れねんだぞ!」

触れられたとしても、今度は別の理由で苛立つのは明白だった。ルークの中でぐるぐると海の濁音よりも鈍い音が耳鳴りのように響いた。助けに躊躇なく飛び込んだガイの顔を見てしまえば尚更、自分の不甲斐なさに拍車が掛かるより、妬けた不安と猜疑心がねっとりと纏わりついた。それが酷く心地悪く、踏み鳴らした足音はそのままの怒りを顕著に表していた。

「波に飲まれる直前、ガイがイヴの腕を捕らえていました。今はガイを信じるしかないでしょう。兎に角目の前の敵に集中しなさい。助けに行くのなら尚更」

ジェイドの言葉にルークが唇を噛みしめて苛立ちと焦りを滲ませた。寧ろそれを反動に、握った剣を大きく振るい敵に向かって駆け出したのは躍起以外のなにものでもない。

「絶対に離さないでしょう。ガイなら、彼女を」

ルークが気付き始めたガイの感情を、ジェイドが気がつかなかったわけがない。呟くようにそっと吐露した声に交じり、猛々しく響くルークの咆哮に自分もまた正すかのように眼鏡のブリッジを上げて詠唱を口にした。


* * *


イヴの腕を捕らえた時、ささやかに安堵したがそれは高らかに伸びた波を前に消えた。その波に奪われないように腕にイヴをおさめれば、背に回った手が弱々しくもしっかりとその身を預けている。微かに、ごめんね、と。一言聞こえた。

守ってやる、と誓う言葉が波と共に攫われた。それと一緒に何か疚しい(やましい)ことでもしているかのような感情を振り切ろうとする自分がいて、結局のところそれも叶わず、ただイヴを抱く力だけがぐっと強まった。

返したくない。と初めて思った。思ってしまった。仲間として助けたんじゃない。それに気付けば尚一層。こんな時でしか攫えないもどかしさに? 触れられなかったことに?…そうじゃない、といえば嘘になるけれど。思うことは端的で、ただ一つだけ。


密やかに
ねぇ、なんで君はルークのものなんだ?このまま深い海に沈んでしまおうか。なんて、笑うかい?


110107up

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