※低糖





「イヴは俺にとって大事な女の子だ」

何かにつけて彼がそう口に出す、別に珍しいことでもなかった。寧ろ、日常。そしてその言葉に恋心が含まれているわけでも特別な意味があるわけでもない。断定してしまえるのは、彼を見続けた私ならではの勘がそう言ってる。

「ふうん、なら私を恋人にして」

直球に言ってしまっても、快活よく笑って手のひらで頭をポンと撫でるだけ。するりと交わして私の想いから遠ざかる。大事な女の子、そう言われても心が靄を着るのは妹のような扱いなだけと知っているから。言動に妹分だと収めてしまう、彼は狡い人だ。

彼は私を見ていない。

そんなこと随分前から知ってる。…相手が例え結婚しても尚、諦めの効かないほどに一人の女性を愛し続けるんだろう。その相手が私でないというだけで。現に…そうなんだから。ピオニーはネフリーを忘れられない。

わかってる。

どんなに想っても相応しくなりたいと自分を磨いても、この先私を見てくれる保証はどこにもない。だから幼なじみとして妹として誰よりも近い存在でいたいとそれに甘んじていた。


―…言ってしまえばそれすらも策略


いつかはきっと…、と孕む思惑は心に余裕を作る。ネフリーは人妻。いくら彼が想っていても、もう届くことはないのだ。それ故に焦ることもない。

それなのに
容易く期待を裏切る運命に私は面白いくらい翻弄されてるんだ。

罵倒なのか悲痛なのか、吐き出された言葉は自分の声だと認識するのも億劫らしい。けれど確かに私はピオニーに、言った。

「忍んで会ってたなんて、二人ともどうかしてるよ…ッ!」

部屋にいるブウサギたちの体が跳ねる。ぐーぐーと鳴き吃る彼らでさえこの状況に怯えているのだ。私が…怯えないわけがない。その事実を知ったなら。

「ねえ、なんの冗談…?だってネフリーは」
「言うな、イヴ」

黙れと叱責しているのではない、彼の声は懇願に近かった。握る拳と歪んだ眉根に苦衷と切なさを見たなら揺るがないピオニーの愛情に気付いてしまって、恐ろしいくらいに嫉妬した。そこまで想わせるネフリーになのか、愚か過ぎる彼に対してなのか。間違いなく前者に思えて、ピオニーを見れば無性に憤慨してしまう自分もいた。

「…私ピオニーがすきだよ。私を見てくれなくてもいい、ただ幸せになってほしい。だから…幸せになれる保証がない未来にピオニーを連れて行かれたくないッ!」

想像した言葉と違うことに、ピオニーは驚いたのか目を丸くした。想像通りの言葉を伝えたとして何になるというんだろう。一国の皇帝が、とか。折悪しくもそんなことを言いたいわけじゃない。握った拳が震えてる。ただ悔しくてどうしようもない。愛しすぎてどうしようもない。こんな時に、涙ひとつ流さない私はもしかしたらすごく冷たい人間なのかもしれない。

「ごめん、ピオニー。言わないから誰にも、ごめんね取り乱して」

荒げた息を整えて部屋を出ようとしたところを、ふいに腕を掴まれた。その顔を見上げたら何がなんだかわからなくなる。それでも

「…離してよ」

随分と冷え切ってしまったらしい、一時的なものでその歯止めは効かない。今はただ、触れることすら嫌になる。

ぱしりとその手を払ったら彼は同じ顔をした。ネフリーを想う時と同じ、切なげな。顔。

だからこの人は狡いんだ。勢いそのまま部屋を飛び出したなら、目前にいたのは死霊使いその人で。対して驚きもしないでやんわりと微笑んだ。

ジェイドの上げた口角は、私と同じく策略じみた執着を孕んでいて。この人の想いに応えたならば、きっと満たしてくれるはずだと予測は出来るのに

生憎とピオニーの隣にいる自分しか想像出来ない私は、もう随分と末期なんだろう。


策略し始めた
私の恋路は辛くていけない

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