少しだけ遠慮がちに扉を叩いた。けれど部屋の主から反応はない。シンと静かな空虚感だけそこにある。ふう、と一息だけ吐いて扉を開けたなら、空虚感の代わりに心地の良い風が凪がれていた。大っぴらに開け放たれた窓。ぱたぱたと、主の不在を知らせるようにカーテンが嘲笑っている。

「…ルーク」

やられた、と言わんばかりに苦々しく名前を零した。窓から入り込む風は、ついさっきまで読み進めていた書物をぱらぱらと巻き戻していく。イヴの心情も同じく比喩めいて、ぱらりぱらりと落ちていくような感覚。

「勉強嫌いなのはわかるけどさ」

気に障るようにはため続ける風にすら苛立って窓辺に近付いた。

「席外した隙に脱走することないじゃない。ルークのばー…。あ」

いた。

閉めようと手を伸ばした窓の外に座り込んでいる…ルークが、頭上から降ってきた悪態に顔をしかめがら見上げている。そのままパタリと窓を閉めたい衝動に駆られた。が出来るはずもなく、翠玉の双眸はといえば、物言いたげにじっとこちらを覗き込んでいた。

「…別に。今日はサボろうとか思ってねえし」
「(今日は?)じゃあどうして?」

聞けばルークは視線を外してそっぽを向いた。その先に何を映しているのかはイヴにはわからない。少しの間を置いて、ルークが口を開いた。

「…窮屈だった」

と、それだけを零す。けして狭くはない私室だけれど、きっとそういうことではないのだろう。その一言に汲み取れる想いは意外なほど簡単だった。

「いいよ」
「あ?」
「ペールやガイになら大丈夫だろうけど、ラムダスには見つからないようにね」

伝えた意味を理解してルークは戸惑っていたけれど、最後にははにかんだように…笑った。

駆け出して、風をきる彼の背中に言葉を掛けた。そっと

―いってらっしゃい
早く帰ってきてね―




ただ
それだけのことなのに




―…なぜだろう。彼に送る言葉を探していたら、その言葉に辿り着いた。

朧気な記憶と一緒に。

目の前には、あの頃とは比べものにならないくらい成長したルークの姿。けれど、凛と見据えるように覚悟を決めてしまった彼に嫌気が挿した。それはどうでもいいほど利己的で自分勝手な思いばかり。エルドラントに、彼独りを残して行かなければならないなんて。

嫌だ。
嫌だ。

ルークが独りで
往ってしまうのは

「嫌だ…」

喉から絞り出た声は悲痛。行き場のない悔しさは涙になって落ちていく。

この世界を救いたくてみんなと一緒にここまで来た。覚悟もした、けれど近付くにつれて浮き上がる気持ちはもう沈むことすら拒絶する。

彼の命を賭した世界に
意味があるとは思えない。

ルークがいない世界に
生きる意味を見いだせない。

「…私も連れてって」

剥離し始める強さに
見えてきたのは脆くなっていく心。

震えを殺すようにルークはただ唇を噛んで、あの時と同じように目を逸らす。一つ、二つ。イヴの頬に涙が流れた。

それを拭うルークの手のひらに、指先に。込み上げる気持ちを何と言えばよかっただろう。

嗚呼、どうして。貴方に捧げる言葉が見つからない。だから浮かんできたんだろうか

あの言葉が。

「…ルーク」

せめて崩れかけた強さを取り戻して。


「いってらっしゃい。早く帰って来てね」


際限なく滲む弱さまでは隠しきれないでいたけれど。


風に蔓延る手
頬に触れた指先が離れた時背を向けたルークにあの時と同じ風が纏っていた…気がした
110316up
short top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -