そして、もう一人。
此処にも狂愛に纏われた男がいた。

彼はすがり付くその女に何の感情を抱くことなく、冷やかに見下ろしていた。聞けば彼女は愛しい人の名を呼び、あろうことか皆に突きださんと煽るように必死に喚いている。真っ赤に濡れた傷口を凝らして見れば、メッセージが刻まれているのが見えた。

「HE IS MY OWN。これはこれは、光栄ですね」
「ジェイド?」

嬉々と微笑む彼に、涙で目の腫らしたジェシカは疑問を浮かべていた。

「秘密を持つ相手を生かすことが、どれ程の厄災か彼女は勿論知っていたはずでしょうに」

鈍りましたね、ひと月で。
けれど、よくわかりましたよ。
それに私は答えるべきだということも。

とすっ

半ば心地のいい音であった。

「?」

疑問に答えを見出す前にはもう遅く、ジェシカは床に倒れた。

「迎えに行きましょうか」

彼女を。


* * *


「ね、ピオニー」
「ん?」
「私、サイテーだね」

それでも今すぐジェイドに逢いたい。

「行けよ」
「いいの?」

逢いたいと言っておいてなんだが、それを承諾したピオニーにイヴは何故かと問う。

「お前は逃げられねーから」

低く響く声に全身の毛が逆立つ様に感じた。そう、彼は皇帝。その彼からの逃亡はそう簡単にはいかないだろう。この様な状態であれ露にしない感情に潜ませているのは、壮大な余裕と、彼自身が放つ尊厳。

「こればっかりは預言通りであってもらわねーと」

敵わない。この上なく難敵だ。

「そうね。私も貴方を振るなんて大それたこと、"出来れば"したくはないもの」

にこりと笑いイヴは素早く衣服を纏う。駆け出す足に、迷いはなかった。

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