「明日は5時からミーティングだそうだ。よろしく頼む」

その言葉には、優しさも甘さもましてや明るさすらも何ひとつ含まれていなかった。ひたすらにびしびしと伝わってくるのは有り余る誠実さに込められた緊張感だけ。表紙に「夏期強化プログラム」とでかでかと表記された冊子を真田の陽に焼けた逞しい手の平から受け取って、まるでノートの隅に落書きした四コマ漫画でも読むみたいにぱらぱらと捲りながら、ふと真田とわたしの関係について考え直してみた。副部長とマネージャー。………うん、確かにそうだけど、違う。言いたいのはそうゆうのじゃなくて。


「恋人でしょ?」


涼みがてら屋上に来ていたわたしと友達の会話の合間に(かなり遠慮なく)割って入って来た幸村は、視線をわたしの友達にちらりと向けた。すぐさま察したように友達は階段に続く扉へと小走りで消えていく。おそらく目だけで「二人にしてもらえるかな?」的暗号を送ったものだと見受けられる。こわい。毎度ながら思うけど、魔王の称号は伊達じゃない。


「で、何だって?」
「えっ、何が」
「だから真田とお前の関係が恋人なのか単なる部活の仲間なのかわからない、って話だろ」
「……ぜんぶ聞いてたんじゃん」
「聞こえたんだよ」
「(嘘ばっか)」
「ん?何か言った?」
「何でもないでございますです」
「よろしい」

わたしがこうゆう風に現在進行型で悩むことになってしまった経緯を所細やかに愚痴も混ぜて(度々うっとおしそうな顔をされたけれど)悩みに悩んでいる内容を数十分かけて話し終わったところで幸村から「ふーん」と文書で言うところのほんの一文だけが返ってきた。……幸村、話ちゃんと聞いてくれてたの?


「ちゃんと聞いてたに決まってるだろ」
「何かイマイチ信用に掛ける……」
「だってさ、あまりに馬鹿らしすぎるから」

馬鹿らしすぎる、なんて幸村さまの口から聞けるなんて思わなかったよ。そう伝えれば、「そう?俺はお前に対していつも思ってるけど」と何ともヘビーな答えが返ってきて苦笑いがこぼれる。幸村の場合ほんとか嘘かわからないのが余計にこわい。でもこうゆう意見すら口に出せない、臆病なわたし。しかし悪いのは幸村精市その人である。

「そんなにうじうじ悩むくらいなら手っ取り早く聞いてみたらいいだろ」
「………だ、誰に」
「真田本人に」
「…」
「何なら俺が聞いてやってもいいけど」
「えっ!」
「ただし、口が滑って他のことまで喋っちゃうかもしれないけどね。例えばお前が公園で昔「自分で言います」


魔王に期待したわたしが悪かった。幼なじみというのは時に心強く時にものすっごくひたすらに厄介だ。何せ普通の子の数倍以上の時間を共有してきた分、普通の子の数倍以上の情報をお互いに知り得ていることになるのだから。でもまぁ、幸村の場合はきっと特別だろうけど。例えわたしと幸村が今みたいに幼なじみじゃなくても、わたしはきっとおんなじように幸村に弱みを握られて弄ばれるのだろう。
そんな風にぼうっと考えながらほぼ空になりつつある紙パックに入ったいちご牛乳をストローでちょびちょび啜っていると、幸村は尚もそんなわたしを馬鹿にしたような目で見つめながら言った。

「真田の奴、今日は委員会で遅くまで残るらしいからその時に聞いてみろよ。二人っきりになれるいいチャンスじゃないか」

無理だよ、の言葉を吐き出す前に"む"を唇が形作ったあたりで頬を左右の方向から勢いよく引っ張られ、そのことによりわたしの反論は瞬時に却下される形となる。強制的。ある種これは幸村のシンボルみたいなものである。そしてそれに振り回されるわたしのポジションも、また然り。


「真田には俺から伝えておくよ。場所は教室でいいだろ」
「えええ!そ、そんなのいろんな意味でムリだよ!ムリ!」
「は?……何、お前の分際で俺に逆らうつもり?」
「ぶ、ぶんざ……!じゃなくてとにかくムリだから!心の準備が!」
「わかった。じゃあお前のあんなことやそんなこと、真田にバラしてもいいってことだよね」
「…」

暗黙の了解。使い方は全くもって間違ってるけど大体そんな感じの意味である。幸村の表情から、どれだけ今パニクるわたしを見て楽しんでいるかが手に取るようにわかる。昔から「幸村くんの幼なじみなんてツイてるよね!いいなぁ!」なんてよく言われるけれど、何にもいいところなんてないと思うし、逆に悪いことだらけだ。第一ツイてるどころか人生最大の不運だとしか言いようがない。不幸すぎる、自分。
しかし、今日の放課後はもっと不幸な事態になりかねないことを想像しただけで胃がどろどろに溶けきっててしまいそうだ。或いはもう溶けはじめているかもしれない。










「俺に用があるんだってな」

幸村から聞いた。そう零す真田にあからさまに勢いのない声音で返事をする。「そ、そうなんだ…」「ああ。ところで、さっそくだが用件とはなんだ」この時点の会話からわかっていただけるように、わたし達は付き合っているのかいないのか不明瞭を極めている。いや、正確には付き合っているはずだ。それも去年の冬頃から。おかしい。もう付き合ってから半年を上回ろうとしているのに進歩どころか恋人らしき会話すら交わしたことがない気すらする。口にするのはいつもテニステニステニステニス。その他の話題だって、ほんの些細な日常的なものばかり。おかしい。何がおかしいってわたし達が。


「ねぇ、真田」
「何だ」
「………いや、やっぱ何にもない」

現在、真田の頭上にはおっきなクエスチョンマークが浮かんでいる。原因はまごうことなくわたしなのだが、どっちかというと真田にもある訳であって………ってわたしは何を言いたいんだろう。

「あのね、」
「ああ」
「わたしね、」
「ああ」
「真田のことが、」
「…ああ、だから何だと聞いている」
「す、好きだよ」
「ああ、…………………って、なっ!」

一時停止から数秒後。今にも火が吹き出しそうな真田の顔を見てるだけでこっちまで余計に恥ずかしさが大幅にアップする気がする。それにしても、我ながら何てことを言ったんだろう。……でも、つい出ちゃったんだから仕方ない。
微妙な沈黙が続く。でも真田の吃り声がそれをすぐに破る。「お、」けしからん!と言われると思ったら頭文字から推測するに違うようだ。お?おって何?お前?さっきとは打って変わって、先程まで真田の上だったクエスチョンマークがわたしの頭上へワープする。

「お、おおお」
「……お?」

かわいらしい言葉の羅列とは正反対に、殺伐とした光を放つ真田の目玉がギロリとわたしに食らいつく。でも顔自体が真っ赤だからちっとも怖くはないんだけどね。
そんなことを思いつつ真田を見つめていると、「俺だって、お、まえがすすすすすす、すきに決まっているだろう!いちいち確認させるな!」なんて真田らしい素晴らしくでかい音量の照れでくぐもった声が降ってきた。ただ、それと同時に、ぶふっ!と何かが吹き出す音がして慌てて廊下側の窓を覗いてみれば藍色のウエーブがかった頭の端っこあたりが見えて思わず落胆する。大魔王兼わたしの幼なじみ、幸村精市さまである。さいあくだ。これでわたしと真田はあした部室でみんなから質問攻めの刑になることが確定した訳だ。今からすでに、真っ赤に染まったまま鬼の形相になる真田と、それはそれは楽しそうに真田をからかう仁王と丸井の顔が目に浮かぶようだ。まぁ、いちばんそれを楽しむことになるのは幸村なんだと思うけど。ちなみに赤也くんはからかおうとして逆に怒られて落ち込むパターンなんだろうなぁ。可哀相だけどそれを上回ってめんどくさい。
でも、なぁんだ。案外わたしと真田だって、なかなかの青春してるじゃないか。


(青に染まってしまえ)


100605

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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