切れ長の瞳から覗く冷徹な光がわたしに向けられれば、胸の奥が締め付けられて心臓が軋まんばかりに悲鳴をあげる。凛と厳正に澄んだ声がわたしの鼓膜を震わせる度に、意識すら曖昧にぼやけてしまうような幸せを感じる。あのお方の側に置いて頂けるだけでわたしはあまいあまい底無し沼にでも浸かってしまったかのような錯覚に陥るのである。ううん、もしかしたら錯覚なんかじゃないのかもしれない。例えば、あのお方のためならばどんな過酷な練習だって痛みだって耐えられる自信があるし、いつも補欠でベンチが定位置のわたしだけど不可効力だとしてもあのお方の視界の隅にわたしが一瞬でもちらついているんだと想像しただけで頬っぺたが持ち上がらなくなってしまう。それくらい、わたしはあのお方をお慕いしているのである。

「レーゼ、様」

わたしの貧相な唇で紡いでみても、レーゼ様の名前ひとつひとつのパーツがきらきらとまばゆい輝きに満ちている気がするのはきっと気のせいなんかじゃない。
レーゼ様はわたし達ジェミニストームのキャプテンであり、言い換えるならばわたし達の絶対的な支配者である。逆らうのは許されないし逆らおう等と浅はかなことも一度たりとも考えたことはない。レーゼ様はこの数あるエイリア学園の中でも一、二を争うくらい冷酷だとか意地が悪いだとか囁かれているのをあちらこちらから聞くけれど、わたしは決してレーゼ様を敬遠の目でなんか見たりなんかしていない。
みんな、何にもわかってないんだから。






なんて夢見気分で思慕にふけっていた数時間前の自分を今すぐ蹴飛ばしたいし引きずり回したい。これは決してわたしがエムとかそうゆう性質だからではない。当たり前に戒めとしての意味である。
わたしはどうしてこんな風に奴を過信してしまっていたのだろうか。みんなの言葉、噂にもっと素直に耳を傾けていればこんな事態にはなっていなかったはずだ。レーゼ様レーゼ様レーゼ様レーゼ様レーゼ様。レーゼなんてゆう完璧で崇高なる人間なんてはじめからこの世には存在してすらいなかったのだ。何ということだろう。緑川というピエロにわたしはずっとずうっと騙され続けていたのである。……それも、たった今まで。


「だーかーらー、これが本当の俺なんだって何十回も言ってんじゃん」

あくまでおどけた素振りでへらへら笑うレーゼ…改め、緑川に憎しみをたっぷり込めてひと睨み利かせてやると「こわっ!」なんて緊張感の欠片もない声が返ってきてますますわたしの中で苛立ちが渦巻いては洪水みたいに増してゆく。ありえない。

「レーゼ、様、は…あんたみたいに軽薄じゃないし馬鹿っぽくもないし馴れ馴れしくもないんだから」
「何それひどすぎない?俺の言われよう」
「とにかく、軽々しくレーゼ様を名乗ったりしないで!」
「レーゼ様レーゼ様って言うけどさぁ、言い換えればそれはエイリアとしての偽名でしょ?」
「、」
「緑川リュウジが本当の俺なんだから」

嘘嘘嘘嘘嘘。ぜったいにこれは嘘なんだ。暗示みたいに嘘だと繰り返してみたって現実は変わってくれないのだから残酷だ。…だって、あのレーゼ様が。小さい頃から、あんなに憧れお慕いしていたレーゼ様がまさかニセモノだなんて。そんなありえない話、信じられるわけもない。それに信じたくもない。
それなのに、緑川はレーゼ様と同じ声音、同じ眼差し、同じ微笑を以ってわたしを見つめるのだ。「そんなことより、」緑川が声をほんの少しだけ弾ませてわたしを嘲る。真正面から見た緑川の顔立ちはよりいっそう美しくてかっこよくてレーゼ様そのもので、嫌になるくらい煩わしい。レーゼ様、完璧なあの日のあなたは一体どこに行ってしまわれたの。

「さっきの話の返事だけど」

ああ、ちがう。ほんとにそんなことを言ってる場合じゃなかった。そもそもわたしがこんな風に緑川なんかの部屋で緑川なんかと向かい合わせで緑川なんかと二人っきりになっている理由。たったひとつの真実は今更ナシになんて出来ないし覆い隠せるような方法もない。まさしくどうしようもない事態なのである。もしかしたら、なんていう期待の目で緑川を見上げてみれば「今更さっきのはなかったことにしてとかゆうのナシね」と一蹴された。どこまでも変に勘のいい奴だ。これじゃわたしが高く涼しげに結ばれた緑川のポニーテールを引きちぎってやりたいという衝動に駆られるのも仕方ないと話だ思う。握りしめた手のひらは緊張からわく汗で生温くやけに湿ってるしさっき練習帰りに水分補給したばかりなのに喉までからからだ。どうしようどうしようどうすれば。頭の中ではひたすらにさっき緑川(実際はレーゼ様に言ったわけだけど)に漏らしてしまった自分の言葉を取り消すための言い訳が次から次へと駆け巡るけれど、どれも解決策へと変化してくれそうにはない。
どうしてこんなことになったのかって?それは緑川がレーゼ様であってレーゼ様じゃなかったというのも大きな要因だけれど、いちばん関係しているのは勘違いしていたとはいえわたしが緑川なんかにあんなことを言ったことにある。ちなみにあんなことというのは残念なことに俗に言われる愛の告白というやつだ。それも、あの緑川なんかに。あああ出来るものなら今すぐ跡形もなく消えてしまいたい。…………無理なのは、知ってるけど。


「いいよ、付き合ってあげても」
「………、えっ!」
「ただし条件付きだけどね」

あくまでもな上から目線にむっとして口を開こうとしたところで、そういえば緑川は一応自分のチームのキャプテンだったことといつのまにか緑川に対して敬語を忘れて物を言っていることを思い出す。しかし、それも今となってはどうでもいい。いちばん肝心な問題は、今わたしのほんのり湿っている手のひらの甲にそっと唇を寄せる緑川の奇天烈な動向にある。

「これからは俺のこと、名前で呼んでよ」

手の方に向けていた視線を元の位置に引き戻すようにわたしを見る緑川は、ちょっとだけ真剣な眼差しで、でもすぐにふやけた笑顔に変わってしまってまたわたしを苛つかせる材料になる。にかりと光った白い歯が、嫌に眩しくて気が遠くなりそうだ。


100604

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