先輩は鈍感なうえに無神経だ。おまけに馬鹿とまで来たものだから、もう救いようがない。と、俺は思う訳だけれど。当たり前にこんなこと当の本人に言える筈もなくて、結局いつもこの人のペースに巻き込まれてしまって必ず俺が折れる形になってしまう。
ほら、今だって。


「先輩、いい加減に諦めて下さい」
「いや」
「駄目ったら駄目です。ほら、早く出ないと皆待ってるんですよ」
「…それでもいやなの」
「円堂さんも、先輩を心配してましたよ」
「!」
「だから早、」
「………円堂くんにはもう合わせる顔がないって言ったでしょ」
「…」
「わたし、当分ここで反省してることに決めたの。だから立向居くんは先に行っててってば」

数分以上前からこれの一点張りである。何でも今朝体重を計ったら前回より3キロも増えていたらしい。原因は知ってる。何故なら自分自身、昨日開店セールのカフェでケーキバイキングに2時間も付き合わされたからである。だからあんなに食べ過ぎだって止めたのに。あんなの、こうなることは関の山だ。
ただ過去の話は別だとしても、本当に些細な問題だと思う。何でそんなことくらいで円堂さんに合わす顔がないと言えるのだろう。本人曰く、恋する乙女は大変なのらしい。
何が恋する乙女ですか。何が円堂さんに合わせる顔がないんですか。俺の気持ちなんか全然知らない癖に。俺がどんな気持ちであなたを見てるかなんて、きっと先輩は昨日食べたケーキ1個分ですら知らない。いい加減気付いて下さい。いつも先輩に細かく注意するのも、どっちかと言うと面倒くさい提案に付き合ってあげるのも、円堂さんに対する恋愛相談にわざわざ親切に乗ってあげるのだって、全部は自分のためなんです。先輩のためじゃない。わかって下さい。わかってよ、先輩。


「もう、いいです」
「え」
「先輩の気持ちは十分わかりました。俺が諦めます」
「……」
「この件は俺が従います。だから、先輩も今度は俺のわがまま聞いて下さい」
「えっ、…な、何が?」

アーモンドみたいな目をぱちくりと瞬かせる先輩の手首を掴むと、あんなに泣き言を言っていたわりに俺より全然と言っていいくらい細くて、何だか呆れる。でもこんなに大袈裟でもってちっぽけなことで盛大に悩める先輩が、かわいい。なんて思ってしまう俺も相当な馬鹿だ。
動揺したままの先輩を半ば引きずるように駆け出す。先輩が篭城していた体育館倉庫から飛び出すと、心配して様子を見に来てくれたのであろう雷門さんと木野さんとの目が合った。さっきは「俺が絶対に連れて帰ります」なんて宣言してここに出て来た手前、ちょっと気まずい。だって急ぎ足と言えど向かっている先は円堂さんや綱海さん達が待っているグラウンドではないから。
「立向居くん…、頑張ってね」ちょうど2人の真横を通り過ぎた時だ。木野さんの声に振り返ると、木野さんはいつもと変わらず優しい笑顔で、雷門さんは少し頬を染めて、俺達を止めるのでなくまるで見送るように立っている。2人共、気付いてたみたいだ。何もかも。

「ちょ、立向居くんってば…!」
「はい。何ですか?」
「練習に行くんじゃないの…!?」
「今日は特別なんで、サボりです」
「えっ」

俺が練習を怠るなんてそんなまさか。みたいな顔で先輩は俺を見た。そんなこと言われたって仕方ないですよ。だって、先輩が悪いんです。
先輩は鈍感なうえに無神経だ。おまけに馬鹿とまで来たものだから、もう救いようがない。と、俺は思う訳だけれど。……でも。俺なら救ってあげられると思うんです。どんなに先輩が無茶なことを言ったとしてもしたとしても、どこまでだって付いてってあげるし教えてあげる。
だから、円堂さんは諦めて俺にして下さい。


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