橙と黄が混ざったまばゆい光に目を細める。皮膚に突き刺さるような紫外線が憎らしくて、家を出る前に先途塗りたくった日焼け止めクリームもこのさんさんと降り注ぐ日差しの前では効果なんて皆無のような気さえするくらいだ。白地に控えめに花が散らばったワンピースは肌を守ってもらうには少々頼りないし、ワンピースに合わせたお揃いの白いミュールも同じく無理そうだ。
あつい…。そもそも日差しが紫外線が何のと言う前に、とにかくあついのである。何しろ頭のてっぺんから爪先に至る身体中のあらゆるところから熱が放出されている錯覚さえあるのだから。

(ど、うしよう…かな)

"急用で来れなくなったの、ごめんね"携帯のディスプレイに映し出された文字はデコレーション機能を盛大に活用しきらびやかな色を放っていて本当に急用なのか思わず疑ってしまう。自然とこぼれたため息は余計に惨めな雰囲気を醸し出している。夏休みを利用して丁寧に塗った黄色のマニキュアも、いつもより早く起きてくるくる巻いた髪も、この一通のメールで全てが無意味に変わってしまったのだ。ため息のひとつやふたつ、こぼれたって仕方ないと思う。日陰がかったベンチに腰掛けて、暇を持て余した足を意味もなく何度も何度もぶらつかせてはまたため息がついて出た。あーあ、前から欲しかったあのお店のスカート、今日買おうと思ってたのに、なぁ…。携帯を閉じて瞼を伏せると、いろんなもどかしさがぐるぐる混ざって心の中を真っ黒な何かが侵食していく。こんな気持ち、ダメだ。なんて思って慌てて目を開けても、さっきまであんなにきらきらと輝き放っていた景色が、今となってはすべて疎ましいモノに映ってしまう。眩しい太陽も噴水から溢れる水の音も、がんばって巻いた髪も黄色に光る爪も、なんだかみんな馬鹿らしく感じる。

(……、はやく帰って着替えて、それから昨日買ったアイスでも食べよう)

ひとり帰宅後の予定を立てて、決心するように小さく頷く。一度諦めてしまえば、何だかスッキリした気分になった。今日はお父さんもお母さんも仕事で家には誰も居ないし、たまには家でゆっくり過ごすのも悪くない。つい今までの暗い考えとは一転して、すっかり緩んだ口許を携えながら勢いを付けてベンチから立ち上がる。すると、ごちんっ!、という鈍い音と一緒におでこ辺りに何故か激痛が走った。ものすごい痛みに思わず額を抱えると目の前に居る外国人らしき金髪の男の子もぶつけたばかりのおでこを庇うようにさすっている。…………。って、あれ、何で知らない男の子がわたしの目の前に…?頭の中に浮かぶクエスチョンマークは増えるばかりだ。しかもこの男の子は外国人なうえに、何故か顔の距離が無駄に近いしじいっとわたしを変な物を見るような目付きで見つめてくるしで、意味がわからない。極めつけは一切見覚えないのない顔なのだ。どうしてそんな謎盛りだくさんな外人の男の子とわたしはおでこをぶつけ合いっこする羽目になっているんだろうか。
どの疑問からぶつけていいのか決めあぐねて、まるで池で泳ぐ鯉みたいに口をぱくぱくさせていると、先に謎の男の子が口を開いた。


「やあ!」
「!、………こ、んにちは」
「ミーはディラン。よろしく!………なあんだ、元気そうじゃないか。あんまり暗い顔してるから熱中症にでもなったのかと思ってびっくりしたよ!」
「は、はあ…」

本当にびっくりしたのはこっちの方だと反論したいくらいだけど、面倒な気持ちが遥かに買ったのでやめることにした。何なんだろう、この初対面だというのにまるで友人に接しているみたいな口ぶり。外国人はみんなフレンドリーだという噂は聞いたことがあるけれど、どうやら本当らしい。とにかく目の前で白い歯を光らせてわたしに屈託のない笑みを向ける彼、ディランは間違いなくそれである。
今までにない絶大なるインパクトを持つ彼にただただ驚愕して無意識とはいえ黙っていると、今の今まで眩しい笑顔を輝かせていた彼はいつの間にか不安げな表情に変わりわたしを見つめているではないか。

「…ユー、何か嫌なことでもあったのかい?」
「いや……べつに、何にもないですけど」
「嘘は良くないなぁ。さっきから暗い顔ばっかりしてるじゃないか」

そんなことないと思いますけど。そう言おうと思い発した言葉は途中ぐらいで「ストップ!」というわたしの数倍大きな声量が被さったことにより脆く打ち消されてしまった。えええええ。ストップ?………ストップって何なの。

「もう言い訳は聞き飽きた!」
「ええ〜…(そんなに言った覚えないんだけどなぁ)」

ううんと悩ましげな声を漏らしつつ困ったように腕を組んで小首を傾げる彼の瞳は、中学生がするには少し大人びた大きめのサングラスに覆い隠されているせいで、瞼が下りているかいないのかの有無が問えないのはもちろん、この出会いが初対面のわたしにはディランの瞳がどんな色をしているのかすらわからないのである。だとしても、その随分と整った顔立ちは女の子達に騒がれる部類であることは確実に間違いないと思う。ほんとうに、今みたいにこうやって黙ってれば普通にかっこいいんだけどなぁ…。なんて考えて、途中から話が大幅にズレてしまっているのに気付く。途端、自然と頬っぺたに集まる熱にどきりとして手のひらで慌ててこねるように揉み消した。問題の金髪の彼はそんなわたしの奇怪な行動を訝しむようにちらりと一瞥したけれど、すぐに悩み抜いた甲斐あったのかついに出たらしい答えを発そうと「ああ、そうだ!」と意気揚々に声を上げる。……あぶなかった。

「ユー、今から暇?」
「………えっ」

悩み抜いた結果がこの一言なのか。そんな心境のまま思わず疑問符が口からついて出てしまう。そんな中、ついにディランはわたしの返事を聞く前に、相変わらずのマイペースな口ぶりで話し始めた。自分が聞いてきたくせに結局はわたしの意見なんて聞くつもりはないようだ。

「ミーはこれからイチノセに日本観光に連れてってもらう予定だったんだけど、ユーのつまらなさそうな顔を見たら気が変わった!」
「え、えっ?」
「イチノセの代わりにユーがミーを日本観光に連れて行ってくれよ!それならユーもつまらなくないし、ミーは日本を観光出来るし、すごく最高だろ?」
「え、いや、だからちょっと待」
「さあ!そうと決まればレッツゴー!」
「えええええ」

ぎゅううう。しっかりと繋がれた右手は振り解くなんて到底できない。男の子と手を繋ぐという行為なんて生まれてこの方初めてという緊張からなのか、はたまた相手がディランだからなのか、指先がまるで生きているみたいに熱くて心臓とおんなじ早さでどくどくと脈打っている。何でこんなことになっちゃったんだ、わたしの心臓。あぁどうして。あんなに疎ましかったはずなのに。眩しい太陽も噴水から溢れる水の音も、がんばって巻いた髪も黄色に光る爪も、今ではこんなにも愛おしい。
悔しい気もするけれど、今現在わたしの世界はきらきらで満ちているようです。

(とあるヒーローとわたしと午後と)

100912
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