「この試合を取れば優勝だ!越前、決めてこい!」



大石の声を横に聴きながら、すずはコートに立つリョーマを見た。彼は今までそこに立ってきた選手の誰より小柄で、しかし誰より自信に満ちていた。



「青学、大切なシングルス2に1年を持って来やがったぜ?」

「これはちょっと可哀想だなぁ、捨て試合ってやつか?」



ギャラリーから上がる声に、すずは今更ながら、あぁそうかと思った。今回がリョーマのシングルスの公式デビュー戦なのだから、他校の選手たちはリョーマのことを知らないのだ。知らない人からすれば、リョーマは見慣れない、しかも一際小さな単なる1年生だ。さらに相手はあの九鬼を寄せ付けなかったという2年生・伊武深司とくれば、捨て試合と思われても無理はないのかもしれない。



ーーーワンセットマッチ、青学・越前 トゥサーブ!



右手でラケットを握り、トントンとボールをバウンドさせるリョーマ。青学陣はやっぱりと言った目線でルーキーを見つめた。



「右手でサーブ、いきなりトップギアか」



トントン、と何度かボールをバウンドさせてから放ったサーブは、もちろんツイストサーブ。ボールは勢い良く飛んでいき、伊武の顔面に向かって跳ね上がった。会場は息を呑み、しかし次の瞬間にはどよめきが広がった。



「な、なんだ?今の!」

「顔面に向かって跳ね上がったぜ!」



対して避けるしかなかった伊武は、ボールが飛んで行った先を怪訝そうに見つめていた。



「ねぇ、審判の人。コールまだ?」

「えっ、あ、15-0!」



生意気に言い放つリョーマと慌てたようにコールする審判という絵面は、言っては悪いが少し滑稽で、すずは笑ってしまった。



「やるねぇ、うちのおチビちゃん!奇襲作戦で会場を自分のものにしちゃったよ」

「リョーマいけ!頑張れ!」



ご機嫌な菊丸に肩を組まれながら、すずはリョーマに声援を送った。大事な幼馴染のデビュー戦が怪我なく無事に、良い結果で終わってほしい。そう願った声だった。



「お、おいあの1年すごくないか?」

「誰だよ、青学のシングルス2は捨て試合だなんて言ったのは!」

「嘘だろ?あんな1年が…」

「逆回転するサーブをマスターしてるなんて」



ギャラリーから次々上がる声に、すずは誇らしくなった。常々リョーマを只者ではないと半ばバケモノ扱いしてきたすずだが、その認識は間違っていなかった。すごいのだ、うちの1年生は。自分の幼馴染は。越前リョーマというプレーヤーは。



ーーー40-0!



審判の声に続いて放たれたサーブも同じくツイストだったが、違ったのは伊武の動きだった。自分に向かって跳ね返ってくるのは分かっているはずなのに、あろうことか、彼は自らボールに向かって行ったのだ。



「無茶だ!自ら打球に突っ込むなんて!」



井上が言った次の瞬間、伊武は跳ね返ってくるボールから顔を晒し、なんとかリターンした。



「うそぉ」
「リョーマくん!」



1年生トリオから絶望の声が上がったが、リョーマとてリターンが来る可能性を考えていないわけもなく、素早くネットに詰め、伊武のバックを抜いた。



ーーーゲーム、越前!

「なーんかリズムに乗って来たよ、なんてね」

「強いのはいいけど、やっぱり生意気なんだから…」



1ゲーム取ったリョーマに拍手を送るも、すずは不動峰の神尾を真似たのであろうセリフと生意気な態度にため息をついた。佇まいもそうだが、今の所リョーマは右手でプレイしている。サーブをした後に変えるのを忘れているのか、それとも相手への挑発か。おそらく、いや確実に後者だ。すずが頭を抱える横で、しかし竜崎は愉快そうに笑っていた。



「思い出すねぇ、あの目を見てると」

「え?」



昔に想いを馳せるように微笑む竜崎にすずが反応するも、竜崎が説明することはなかった。しかしすずはなんとなく、竜崎は南次郎のことを思い出しているのだろうと思った。たしか南次郎は青学の出身だし、竜崎も長くテニス部の顧問を務めていると聞いていたからだ。



「良い出だしだね、リョーマ。今のとこ、向こうは悪い夢でも見てる感じだろうね。けど、醒めない夢はないよ。その時が肝心だね」

「彼、いつも冷静で良いね」

「少しは緊張してみてもいいのにね」

「リョーマが緊張…」



不二がいつも通り穏やかに笑うと、菊丸が頬杖をつきながら言った。すずはリョーマが緊張してガチガチになっている様を想像してみた。



「…ないですね」



が、浮かばなかった。ふとリョーマから伊武に目線を移すと、彼の口がなにやらブツブツ言うように小さく動いていた。内容は流石に聞き取れない。そうこうしている間に次のゲームが始まり、伊武が一球目を放った。



「えっ!?」

「あのサーブ!」



青学サイドから驚きの声が上がった。それもそのはず、伊武が放ったサーブはツイストサーブによく似ていたのだ。ボールはリョーマの顔面に向かって跳ね、間一髪で顔を晒したもののボールが掠めたのだろう、リョーマの被っていた帽子が落ちた。



「目には目をだ!」

「出た!深司のキックサーブ!」



ツイストだと思っていたが、不動峰サイドから聞こえて来たのは"キックサーブ"という名前。すずは首を傾げた。



「キック?今のツイストじゃないのか?」

「平たく言えば同じかな。ツイストの方は昔の呼び名だし…まぁ俺に言わせれば微妙に回転や威力が違うけど」



堀尾の疑問に対する乾の答えにへぇ、と頷いてから、すずは試合に意識を戻した。伊武は表情こそ変えないものの、少し苛立ちを滲ませている。



「君さぁ、まだ何か隠しもってるでしょ。何か違和感があるんだよね」

「…アタリ」



その言葉を聞いたリョーマは生意気そうに小さく笑うと、ラケットを右手から左手に持ち替えた。



「じゃあそろそろ小手調べはやめて、本気出そうか…お互いに」

「サウスポー?」

「だって、ツイストを右利きのあんたの顔にぶつけるには、俺も右で打たなきゃね。でも結構早く見破ったよね、やるじゃん」

「君、ちょっと一回負けといたほうがいいな。生意気すぎ」



両者一歩も譲らない、青学にとって勝負の一戦が、本格的に始まろうとしていた。




20180327

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