一言で言えば、速かった。青学ベンチで試合を見ていたすずは空いた口が塞がらず、ただぽかんと神尾の足の早さに驚いていた。
「薫くんのスネイクをあんなに簡単に...」
海堂の決め球であるスネイクは大きくカーブするため、通常であれば相手はリターンするために走らされることになり、大幅に体力を削られる。しかし、神尾は難なく打ち返した上に「丁度いい速さだ」と宣ったのだ。
「海堂にとって一番相性が悪い相手だね」
「あぁ。スネイクは追いつかれて完璧に打ち返された場合、逆にそれ以上のアングルで狙われてしまう...言わば、諸刃の剣」
「オマケに、さっき降った雨で地面が濡れている...ボールが濡れて重くなった分、スネイクの威力も落ちているようだね」
菊丸と大石の分析を隣で聞きながら、すずは海堂を心配そうに見つめた。神尾のスピードもそうだが、あの挑発的な性格も海堂を苛立たせている原因の一つなのは間違いない。濡れた地面に足を取られて転んだ海堂のユニフォームは、泥で汚れてしまった。顔にまで飛んだ泥を腕で拭う海堂の目には分かりやすく苛立ちが浮かんでいて、すずは祈るようにコートを見つめた。
「リズムに乗るぜ!」
その後も神尾のスピードは落ちるどころか益々上がっていて、その上息を切らすこともなかった。苛立ちながらも必死にボールに食らいつく海堂だったが、再びその足が濡れた地面に取られた。
「薫くん!」
「っ、このっ海堂薫を舐めんじゃねぇぇえ!!!」
「「「!!!???」」」
滑った拍子に前に倒れ込みながら、海堂はラケットを振り抜いた。するとボールはネット脇に飛び、審判席の下を通って神尾のコートに入った。
「ネットの横を通って...?オイオイ、そんなの有りかよ」
これにはさすがの神尾も反応出来ず、転がったボールを唖然として見つめていた。今までの流れや体勢から狙ったものではない、所謂火事場の馬鹿力的なショットであるように思えたが、青学にとって良くない流れに一石を投じたのは確かである。
「良いポール回しだ、海堂」
「へぇ、やるじゃん...先輩」
会場中が騒然とする中、先のショットはどこかから上がった声によって“ブーメランスネイク”と名付けられた。これは手塚が言うように俗にポール回しと言われる技であるが、海堂が放ったショット少し違った。通常のポール回しは、大きくコート外に走らされた場合に狙いを定めて打つものだ。しかし海堂の“ブーメランスネイク”はあくまでコートの中から、ほとんどスピンの力で相手コートに入れている。
「へぇ、魅せるじゃねぇか、マムシ...じゃあこっちも、リズムをあげるぜ!」
ブーメランスネイクで流れを変えたかのように思ったが、しかしそう甘くなかった。神尾のクイックモーションからのサーブに海堂は反応出来ず、結局ファーストゲームを取られてしまった。その後も果敢にブーメランスネイクに挑む海堂だったが、尽く決まらずブレイク。2ゲーム目も取られてしまった。
「らしくないっスね、海堂先輩」
「薫くん...」
すずは疑問だった。どうして海堂はブーメランスネイクにこだわっているのだろう。真偽の程は定かでないが、すずが見た限りブーメランスネイクは偶然の産物だった。確かにすごい技であるし、会得できれば大きな武器になる。が、今は試合中だ。勝ちにこだわりつつ新しい技を完成させるのは、至難の技である。
「つまらん色気出しおって...なんだい、この試合は。ラケットぶんぶん大振りかい?バカモンが」
ベンチに下がった海堂の背中に、スミレが苦々しく言い放った。
「一発必中の大技に頼らなければあんな相手倒せないほど弱かったのかい?」
言われてるよ、薫くん。悔しくないの?すずは心で海堂に問いかけた。直接言っているわけではないにしろ、スミレの声は海堂に聞こえているはずで、そうであれば「弱い」と言われて彼がなんとも思わないはずがない。
「海堂よ、お前のテニスはどういうテニスだったかな?」
しばらくして立ち上がった海堂の背中には、もう迷いはなかった。マムシと称される彼のテニスの見せ場は、ここからである。
20161122
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