「ぬぁぁぁぁぁあ!!!!!」
雄叫びと共に石田の腕から放たれた打球は、強く真っ直ぐに不二に向かって飛んでいった。傍からでもその重さが見て取れるその球は確実に不動峰渾身の1球で、これを決められてしまったら流れが不動峰側に戻ってしまう。そう悟ったのだろう、不二は臆すること無くその打球を返すべく構えた。
「やめろ、不二!」
「お前の腕力では無理だ!」
青学サイドからそんな声が上がっても、不二は逃げようとしなかった。まずい、これでは不二の腕が壊れてしまう。すずはもはやどうにもならない目の前の光景に、思わず目をつぶった。その瞬間、
「不二ぃーっ!」
「タカさんっ!」
不二とボールの間に河村が割って入った。顔を歪めながらも両手でラケットを握りしめ、重い打球をなんとか打ち返した。決め球をリターンされ不動峰側に動揺が走ったが、石田はまた先程と同じ構えに入った。
「!?、石田!」
「やめろ、石田!お前の腕が―――!」
ダブルスペアの桜井からも、またベンチで見守る橘からも、石田を止める声が上がった。ということは、“波動球”なるあの打球は、それだけ腕に負担のかかる打球であるということだ。すずは咄嗟に河村を見た。2度打つことを止められるような、そんな重い球を打ち返したのだ。腕が無傷でいられるはずがない。コートに立つ河村の表情はいつもと変わらないように見えたが、その腕は微かに震えていた。
「構うかぁぁぁぁあ!!!」
「「!?」」
再び波動球を放とうとした石田だったが、ボールがガットを突き破り、叶わなかった。それは青学が不動峰のサービスゲームをブレイクしたことを示していて、すずの周囲からは歓声が上がった。
「河村先輩すげぇー!!」
「ブレイクだ!このまま行ける!!」
しかし歓声も耳に入らないすずは、急いで竜崎の腕を引いた。
「先生、タイムをとってください!」
「お、おい園田、どうした」
「河村先輩の腕が、」
「イテテテテテッ!!!!!」
必死な様子のすずに戸惑う青学ベンチだったが、次いで聞こえた河村の声にみんながコートを見た。そこには河村の利き手を掴む不二と、痛みに顔を歪ませる河村がいた。
「タカさんっ!?」
「僕を...庇ったんだね」
不二に言われて目線をそらす河村を見て、すずは救急箱を取りに走った。急いで冷却スプレーと応急処置用アイスバッグを取り出すと、氷を入れたクーラーバッグと一緒にベンチ横にスタンバイした。
「審判、この試合棄権します」
「何言ってるんだ!まだやれる!最初のこの試合がどれだけ大事か、お前だって分かって、!」
「大丈夫だから」
不二が笑顔で示す先には、大丈夫だと表情で語る頼もしいチームメンバーたちと、心配を隠せず今にも泣きそうなマネージャーがいた。彼らをみた河村は諦めたようにコートに膝をつき、棄権を了承した。
「...すまん、みんな」
「イッテテテテテ!!!」
「我慢してください!」
すずがベンチに下がった河村の腕に冷却スプレーをかけつつ傷の具合を見ると、赤く腫れているのが見て取れた。
「どうだ?園田」
「一応病院に行きましょう。骨にヒビが入っているかも知れません」
「えぇ!?」
講習を受け、日々ケガの処置について学んではいるもののすずは医者ではない。故に詳しくは分からないが、腫れていることから骨への影響も疑わなくてはならない。マネージャーとしては少しでも疑いがあるなら、病院に連れていきたかった。
「でも...」
「先輩、今先輩がすべきことは、都大会に備えることです。この先河村先輩がいなくちゃ困ります」
すずが言うと、河村は眉を下げながら「園田には敵わないなぁ」と頷いた。スミレの指示ですずは河村に付き添うことになり、2人は会場近くの病院へ向かった。
―――ワンセットマッチ、青学・大石トゥーサーブ!
まさかの青学の棄権負けで幕を開けた、地区大会決勝戦。試合はダブルス1、青学のゴールデンペアたる菊丸・大石vs不動峰の森・内村ペアの試合は、滅多にノらない気分屋の菊丸が好調の滑り出しを見せていた。得意のアクロバティック・プレイで相手を翻弄し、途中で降り出した雨すら物ともせず、不動峰ペアを圧倒した。6-2で制したダブルス1のお陰で試合は1-1。残るシングルス3試合の内、2試合取った方が、優勝である。
20161020
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