「えっ...」
無事に3回戦で水ノ淵中を破り、青学は決勝にコマを進めた。相手と時間を確認しようと本部に来たすずは、しかし掲示板を見て驚いた。誰もが決勝の対戦カードは青学vs柿ノ木だと疑わなかったのに、その柿ノ木中が負けていたのだ。信じられない気持ちで掲示板の前に立ち尽くすすずだったが、ジャージのポケットの中でスマホが着信を知らせ、慌てて電話に出た。
「もしもし」
《もしもし、すず?私だけど》
「亜美、どうしたの?」
相手は亜美だった。バスケ部の彼女は休憩中で、こちらの様子が気になって掛けてきたらしい。
《で、どう?そっちは》
「無事に勝ち進んで、この後決勝だよ」
《へぇ、流石だね。相手は例年通り柿ノ木中なの?》
「...亜美、最近本当にテニス部事情に詳しいよね」
「んふふ、まぁね」
今まですずがマネージャーをしているという点以外、全くと言っていい程テニスに興味を示さなかった亜美が、ランキング戦を観戦して以降やたらと詳しくなった。どうもランキング戦を戦うリョーマを見てファンになったらしいが、それ故にテニスそのものだけでなく、“青学テニス部”や“中学テニス界”に関してまですず並に詳しくなった。一体どこから仕入れてくるのか、情報源はナイショらしい。
「決勝、柿ノ木中じゃないの」
《え、違うの?じゃあどこよ?》
「不動峰中...ノーシードの」
《不動峰?》
すずが出した名前になにか引っかかったかの様に、亜美は繰り返した。すずがどうかしたのかと訊ねると、亜美はしばらく黙りこくったあと《また連絡する》と言って、すぐに電話が切れた。
「どうしたんだろ?」
「決勝は柿ノ木中だよなー。あの九鬼って奴がいる...」
「テメェは謹慎だろ」
「あ?んだとマムシ」
「本当の事だろうが。補欠はぺちゃくちゃ喋ってねぇで黙ってろ」
「喧嘩売ってんのかコラァ!!」
「はい、そこ!!喧嘩しない!!」
すずが本部から戻ってくると、いつもの同級生コンビがまた睨み合っていた。すずが間に入って止めると、2人は同じタイミングでお互いに顔を逸らす。それだけ見れば、なかなか息のあった2人に見えなくもない。小さくため息をつきながらそんなことを思っていると、手塚から声がかかった。
「園田、決勝はどうなる?」
「あ、はい、予定通りAコートで...でも、相手が」
「柿ノ木中じゃないのか」
「...柿ノ木中は、準決勝で負けました」
すずが言うと、その場にいた全員から驚きの声が上がった。
「まさか。都大会出場候補だぜ?」
桃城の言う通りだった。九鬼率いる柿ノ木中は都大会の常連で、最近は近隣の高校との練習試合を多く組んで、さらに実力をつけてきたと乾から聞いた。お前は決して云々という九鬼の決め台詞もムカつきはするものの伊達では無いらしい、と思っていたらこの展開である。
「それで肝心の決勝の相手ですが、ノーシードの不動峰中だそうです」
「不動峰中?去年出場辞退した、あの不動峰か?」
驚いた様に言ったのは河村で、すずは出場辞退?と聞き返した。河村曰く、細かいところは不明だが、大会前に部内で暴力事件が発生してやむなく辞退、という形になったらしい。
「見てきたよ、不動峰中の試合」
「乾先輩!」
「以前の不動峰とは別物だったね」
乾曰く、不動峰は全て新レギュラーで、部長以外は全員2年生。その部長である3年の橘桔平は、実質監督も兼任しているという。加えて2年生レギュラーが柿ノ木のエース九鬼を6-2で下したらしい。
「決勝、そうすんなりとは行きそうにないな」
「でも青学ならそんな新参者余裕っスよ!ぶっちぎりで優勝っス!」
「ほ、堀尾くん!」
不二の呟きに反応したらしい堀尾が大声を張り上げるが、カチローが慌てて制した。しかし堀尾は静止をものともせず喋り続け、今度はカツオも止めに入った。あまりに必死な1年生に首をかしげたすずだったが、堀尾の後ろから歩いてくる人物に目を見開いた。
「堀尾くん!黙って!」
「園田先輩まで何スか、っんぐ!」
慌ててすずが堀尾の口を塞ぐも、時既に遅し。恐らく聞かれていただろう―――勢揃いしているらしい不動峰の面々に。
「うちの1年生が失礼しました」
「いや、構わない」
堀尾の口を抑えたまますずが頭を下げると、集団の先頭に立っていた男が言った。恐らくこの人が不動峰中テニス部の部長、橘桔平なのだろう。背の高さと漂うオーラに少し怖くなり、すずは堀尾を離して青学レギュラーの群れに紛れた。
「青学の手塚だな」
「あぁ」
「不動峰の部長、橘だ。いい試合をしよう」
言って握手を交わす両校部長の間には、なんとも言えない緊張感が漂っていた。流石、柿ノ木中を破っただけのことはある。2年生だと聞いているレギュラー達の表情は皆キリッとしていて、部長を中心によくまとまっていることがすずにも見て取れた。
握手を済ませると後輩達を連れて橘も去っていったが、その最後尾を歩く2年生は手元も見ずに、ラケットの側面で連続して小さくトスを上げていた。その様子に気づいた1年生トリオが感嘆の声を上げていたが、2年生の彼のモノとは別にもう一つ、トスをあげる音が聞こえてきた。
「リ、リョーマ...」
いつの間にそんな所にいたのか、リョーマは缶ジュースを片手にベンチで寛ぎながら、不動峰の2年生と同じことをしている。あれは多分、いや確実に挑発だ。
「ダブルスと補欠で、だいぶストレスが溜まっているみたいだね」
「もー...」
さっき堀尾の失礼を詫びたばかりなのに、すずはまた不動峰に頭を下げたい思いで頭を抱えた。
「いいかい?決勝で当たる不動峰中、今までの相手と同じと思うんじゃないよ!」
「「はい!」」
ベンチの前に集合する青学の面々は、それぞれ気合いに溢れていた。既に都大会出場権は得ているが、優勝か準決勝かではその後の流れが全く違う。何としても優勝して都大会へ進みたかった。
スミレに促され、すずはオーダー表を持って一歩前に進みでると、自分なりに気を引き締めて口を開いた。
「では、決勝オーダーを発表します!」
―――ダブルス2、不二・河村
―――ダブルス1、大石・菊丸
―――シングルス3、海堂
―――シングルス2、越前
―――シングルス1、手塚
「以上です。みなさん、気を引き締めていきましょう!」
「「おう!」」
いよいよリョーマのシングルスデビュー。本人はまるで気にしていない様だが、すず含め1年生トリオや応援に来ている桜乃、月刊プロテニスの芝も皆リョーマに期待と応援の眼差しを送った。
選手達が準備に取り掛かると、すずも救急箱やドリンクとタオル籠のチェック等、マネージャーとしての仕事を始める。しかしまたスマホに着信があり、画面に表示された相手の名前を確認すると、すずはベンチから少し離れて通話アイコンをタップした。
「もしもし、亜美?どうしたの?」
《すず?不動峰中だけど、ノーシードだと思って侮らない方がいいよ》
「別に侮ってるつもりは無いけど...なに?どうしたの?」
《うちの部活に不動峰に親戚がいる子がいてさ、その子から話聞いたんだけど》
亜美はそう言って話し始めた。小さく相槌を打ちながら話を聞くすずを他所に、決勝戦第1試合・ダブルス2が始まろうとしていた。
20161012
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