――― 15-30!

「...やりおった」



“ア・ウン戦法”で流れを掴んだかと思いきや、流石は玉林ダブルス。前衛・桃城の後ろに大きくリターンしてリョーマを誘い込み、ガラ空きになった逆サイドをついた。すると“ア・ウン”の呼吸はどこへやら、焦った2人は同時にボールへ突っ込んでお見合い状態。ポイントを落とした。



「真ん中以外のコンビネーション、ゼロだな」



頭を抱えるスミレの隣で手塚も呆れているし、菊丸に至っては面白そうに笑っている。その後もダブルポーチ等、所謂“ダブルス”を見せつけられ、あっという間に1ゲームを落としてしまった。続く2ゲーム目もペースは玉林で、上手く陣形を崩されては逆サイドをつかれて失点。完全に流れを持っていかれてしまった。



「さっきのは俺の球だったんじゃないっスか?」

「前にいる方が打ってもいいんだよ」

「決められないなら打たなくていいのに...」

「なんだ?文句あんのか!?」

「こら、桃!リョーマ!」



流れを持っていかれただけでなく、遂には仲間割れまでして審判から注意も受けてしまった。



「上手いね、あの玉林ペア」

「あぁ、即席ペアじゃ苦労するかもな」

「せめてリョーマがもっと後輩らしくするとか、桃が先輩らしくするとか、そういうのがあればいいんですけど...」

「あのバカ2人にそんな芸当出来るわけねぇだろ」



呆れたように言い捨てる海堂に、すずは「だよね」と返す他なかった。ただでさえコンビネーションのいい泉・布川ペアを相手に、テニスのこととなると精神年齢低めになるガキンチョコンビが勝つにはどうしたらいいのか。すずには分からなかった。



「2人の守備範囲の広さがダブルスじゃ逆に穴を広げてしまうなんて、皮肉だよね...っと、いけない」

「ん...?」



不二が倒してしまったのはリョーマのテニスバッグで、起こそうとしたその時、ポケットから本が1冊滑り落ちた。題は『はじめての方のダブルス』。その場にいた全員が、見なかったことにしたかった。










「人選、間違えたかねぇ...手塚」

「はい」



ゲームカウント1-2でチェンジコート。スミレのいるベンチに戻ってきた2人にドリンクとタオルを渡すと、素直に受け取りはするものの、桃城もリョーマもやはりスッキリしない顔だった。喧嘩はするわ、挑発には乗るわ、いいとこなしの2人に、さすがの手塚も即答で人選ミスを認めた。



「まだまだこれからだ!頑張れ!桃、越前!」



大石の応援も虚しく、桃城のサーブはリョーマの頭に当たってフォルト。2救目は入ったが、今度はリョーマのリターンが桃城の頭に当たって失点。青学サイドはため息が抑えられなかった。



「完全に浮き足立ってるな...試合に集中出来ていない」

「しかも険悪なムード」



このままでは本当にマズイ。試合に負けるのはもちろんのこと、またケンカが始まってしまう。そんなみっともない事態はなんとか阻止せねば。みんながそう思った時。コートで睨み合っていた桃城とリョーマが動いた。



「え、何...コートにラインを...?」



困惑するすずを他所に、2人はなにやらラケットでコートにラインを引き始めた。周囲が見守る中やがて2人のラケットがぶつかり、桃城とリョーマが守っているコートが縦に二分された。



「なーんだ、桃先輩も同じこと考えてたんスね!」



ニヤリと笑う2人はの意図をはかりきれず、頭に大量のハテナが浮かんだすずだったが、ゲームが始まるとすぐにピンときた。



「あの2人、シングルスしてる!」



今まで2人で守っていたコートを二分してそれぞれが守ることで、コンビネーションの不足を補う作戦。そのカタチはシングルスそのもの―――桃城とリョーマの得意なスタイルだった。実質2-1という不利な人数差も、自分の視界に余計なものが映らない事で相手に集中できて気にならない。さらに元々守備範囲が広い桃城とリョーマにとって、相手と被ってしまうという事態が起こらないこのスタイルは、まさにドンピシャだった。



「アー!」

「ウン!」



どこに打っても返ってくる、ならば2人のど真ん中とセンターラインを狙えば、あの“ア・ウン戦法”が待っている。加えて、慌ててロブを上げてしまえば、襲ってくるのは桃城お得意の強烈なダンクスマッシュ。その破壊力とインパクトは抜群で、決められた後の精神的ダメージは大きい。あっという間に追い上げた桃城・越前ペアは、6-2で泉・布川ペアを破った。



「アレで勝っちゃったよ、あの2人」

「“真ん中だけダブルス”でね」



感心半分、呆れ半分の河村と不二の隣で、すずはホッと胸を撫で下ろした。ドリンクとタオルを持って2人の元へ駆け寄ると、すずを遮る様にスミレが2人の前に立ち塞がり、同時にほっぺをつねり上げた。



「「イデデデデッ!!!」」

「バカモン!あんな試合を見せられるこっちの身にもなれ!」



叱られる2人を哀れに思うも、言ってしまえば自業自得。すずはほっぺを抓られて痛がる2人の頭にタオルを乗せて、お疲れと声をかけるに留めた。

その後は清々しいほどの快勝だった。直後のダブルス1は、これぞ青学ダブルスと大石・菊丸ペアが会場中に見せつけてくれた。



「お疲れ様です、大石先輩、英二先輩」

「アレが青学のダブルスだと思われちゃ困るからね!」



ドリンクとタオルを渡しに行くと、ゴールデンペアたる2人はニヤニヤとダブルス2ペアを見遣りながら言った。



「ちゃんと見てた?おバカさんたち。“ア・ウンの呼吸”って、ああいうののことを言うんだよ?」



ゴールデンペアに続いて、すずがスミレに言われて正座をする桃城とリョーマにそう言えば、ぶすっとした表情が返ってきた。その後、シングルス3の海堂もストレートで勝利。この時点で青学の3回戦進出は決定した。パワーテニスの河村、青学が誇る天才・不二も同じくストレートで勝利。ダブルス2-0、シングルス3-0、計5-0で、青学の地区予選初戦は幕を下ろした。










玉林戦の後、すずは手塚と不二と共に他校の試合を観戦しに来ていた。次の相手は水ノ淵中だ。



「水ノ淵中との試合は昼飯の後だよね?」

「あぁ」

「後で正確な時間を確認してきます」

「手塚に不二じゃねぇか」



3人で話していると、そこに割って入ってきた人物がいた。



「揃って敵情視察かよ。収穫はあったか?」

「第2シード、柿ノ木中の九鬼だよ」



困惑するすずに不二がコソッと耳打ちした。あぁこの人が、とすずはニヤニヤと手塚を見る九鬼を見上げた。事前に対戦するであろう学校の選手を知りたくて、乾に話を聞いた時に出てきた名前だった。確か「お前は決して弱くない、俺が強かっただけの話だ」と、なんともムカつくセリフを吐く男である。



「こんなチビまで連れて、余裕だねぇ青学は」

「...チビ?」



その物言いにカチンときたすずは、九鬼を睨みあげた。そんなすずの睨みなどどこ吹く風とでも言うように、九鬼は余裕の笑みで見下ろした。その様子にさらにムカついたすずは何か言ってやろうと口を開きかけたが、しかしすぐに手塚がすずと九鬼の間に割って入り、不二がやんわりとすずの腕を引いて後ろに下がらせた。



「手塚、玉林戦に出なかったらしいじゃねぇか。いや、本当は出られなかったんじゃねぇのか?」

「お前には関係ない。不二、園田、行くぞ」

「オイ、ちょっと待てよ!腕見せろよ、なんか理由があんだろ」



言って手塚の腕を掴んだ九鬼だが、それは予想に反してビクとも動かなかった。それどころか低く離せと凄まれ、言う通りにするより他なかった。立ち尽くす九鬼を他所に踵を返す手塚に続いて、すずも不二に腕を引かれて歩き出した。



「手塚部長、腕って...なにかあったんですか」

「園田は気にしなくていい」



言いながらも手塚はすずの方を見ようとはせず、不二も曖昧に笑うだけだった。すずはスッキリしない気分で、しかし九鬼を振り向いて舌を突き出すのは忘れずに、手塚と不二を追いかけた。


20161010

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