「おはようございます、先生」

「おぉ園田、早いね」

「ドキドキして、早く目が覚めちゃったんです」



地区予選当日、誰より早く集合場所に着いたすずは、続いて到着したスミレを照れ笑いで出迎えた。



「ま、今日は園田にとってもデビュー戦だしねぇ」

「試合するのは私じゃないですけど...そういえば先生、初戦のオーダーはどうなりました?」



先日のランキング戦で起きた番狂わせによってレギュラーが入れ替わり、今までのパターンが使えなくなったことで、スミレはオーダー作成に苦戦していた。すずも意見を求められたのだが、戦術的な面では役立つようなことは言えず、結局当日になるまでオーダーを知らずじまいだった。



「あぁ、決まったよ。だがねぇ...」

「何か問題があるんですか?」

「いや、本人達たっての希望なんだが...」



言いながらスミレがバッグから取り出したオーダー表を見て、すずは目を見開き、思わず驚きの声をあげた。あまりに大声だったためスミレに口を塞がれたすずだったが、注意されてなお驚きを隠せないほど、初戦は意外過ぎるオーダーだった。



「じゃ、オーダーの発表は頼んだよ、マネージャー」

「えぇ!?」

「だから大声出さない!」










その後続々と集合したレギュラー達を前に、すずは緊張した面持ちでオーダー表を持って立つ。緊張のあまり硬くなったすずをニヤニヤ顔で眺めてくる桃城を一睨みして、すずは口を開いた。



「えっと...みなさん、おはようございます。地区予選初戦、対玉林戦のオーダーを発表します。初戦、手塚部長は控えに入ります...」

――― シングルス1、不二
――― シングルス2、河村
――― シングルス3、海堂
――― ダブルス1、大石・菊丸

「それから、ダブルス2...桃城・越前」

「「え!?」」



当人達以外、その場にいた全員が驚いた。ほら私だけじゃないです!とすずはスミレを見遣ったが、スミレはスミレでドヤ顔気味のダブルス2ペアを見て、やれやれと頭を抱えていた。



「ねぇ、なんでダブルス?」

「なんでってなんだよ?俺らがダブルスじゃおかしいか?」

「べ、別にそうは言わないけど、2人とも確かシングルス狙いだったはずなのになんでかなって...2人たっての希望だとも聞いたし」



気になったすずは桃城と越前に問いかけたが、2人は元のドヤ顔を崩すことなく言い切った。



「「男は黙ってダブルスっしょ!」」

「...へぇ」



バカ2人に聞いた自分がバカだったと、すずは諦めた。










オーダー発表と準備を済ませ、オーダー表提出のために本部へと向かう途中、すずは周囲から注がれる視線に気づいた。目立つジャージ、加えて第1シードと来れば、注目されるのは仕方がない。自分だってもし逆の立場なら注目するし、ヒソヒソ話もするだろう。しかし、「青学のお出ましだ」「強そうだなぁ」というセリフに混じって、女の子たちの黄色い声が聞こえてきた。



「きゃー!手塚さんよ!」

「こっち向いて!」



聞こえた名前に、すずは斜め前を歩く先輩を見上げた。およそ中学生には見えない程凛々しくクールな手塚は、校内でももちろん人気者(確認した訳では無いが、リョーマにもあるなら手塚にもファンクラブがあるはずだと、すずは密かに思っている。)であるが、中学テニス界では全国的に有名な選手だ。プロからも注目されるような実力者でありながら見た目もいいだなんて、ファンがつかないはずがない。



「...すごい、ですね」

「?なにがだ」

「流石、手塚部長です」



イケメンってすごい。恐るべし、手塚国光。感心したように頷くすずを見た手塚は返事に困って、結局何も言わずに受付に到着した。



「青春学園中等部レギュラー8名、受付お願いします」



本部の役員が人数確認をしている間も、青学はずっと見られていた。すずが着ているのは自前のジャージ故に、レギュラー達から離れればすぐに周囲と同化できる。しかしこのレギュラージャージを着ていては、少なくとも今日1日は注目の的だ。



「なぁ、あのちっちゃい子、1年生?マネージャーかな」

「手塚さんの隣にいる!いいなー」



強豪校は大変だなぁとぼんやり考えていたすずは、自分も十分見られていることに全く気づいていなかった。










「―――シングルス1、青学・不二、玉林・鈴木、以上。5試合中3勝した方が勝ち進めます。なおこの試合は青学が初戦のため、決着がついても5試合全て行います。試合は1セットマッチ!」



両校がネットを挟んで向かって整列・挨拶をする様子すら、すずには新鮮で輝いて見えた。緊張と期待でソワソワ落ち着かないすずの頭に、手塚の手が乗った。



「落ち着け、園田」

「...はい」

―――第1試合、ダブルス前へ。青学、桃城・越前ペア、玉林、泉・布川ペア。



アナウンスが入り、両校のダブルス2の選手がコートへ、それ以外の選手達はそれぞれのベンチへ入った。



「お前らが天下の青学だったとはな。色んな意味でびっくりだ」

「ホント、ラッキーかな」

「いやぁ愉快だぜ。シングルスなら、お前らの方に歩があったのにな」

「だろうね」



握手を交わす4人から聞こえてくる会話に、すずは首を傾げた。まるでお互いを知っているような、戦ったことがあるかのような言い方だ。桃城ならもしかしたら以前対戦したことがあったのかもしれないとも考えられるが、リョーマは今年入部した1年生で、最近まで国外にいたのだからそれは有り得ない。



「でもさぁ...相手の土俵で叩きのめした方が、愉快だからね」

「お前ら...!」

「そのためにダブルスへ!」

「ホッとしたぜ。思い通りに対戦できて」



細かいところは分からないが、どうやらこの4人は最近どこかで打ち合う機会があったらしい。きっとダブルスで勝負して、そして桃城とリョーマが負けたのだ。それもこてんぱんにやられたと見た。そう来れば、負けず嫌いのあの2人が黙っているはずが無い。負けた相手が玉林の選手だとどこかから聞きつけて、それで今回自らダブルスに志願したのだろう。



「揉めてるよ」

「なるほど。あれが原因ね」

「まったく...」



負けず嫌いなのは悪いことではない。向上心があるということだし、悔しく思う気持ちがなければ上達しない。しかしリベンジに地区予選の舞台を使うとは、いい度胸というか、舐めているというか。



「負けたら正座ですね、あの2人」

「まぁまぁ園田。もしかしたらもしかするかもしれないよ?」

「不二先輩...でも、」

「そーそー!とりあえず、お手並み拝見!」



不二に言われ、菊丸にもポンポンと背中を叩かれると、すずは何も言えなくなってしまった。まぁ桃城もリョーマも、それぞれ力のある選手なのだ。ダブルスでもなんらかの化学反応を起こしてくれるかもしれない。



「1日2日でマスターした気でいるんなら、ダブルスはそんなに甘くないってことを教えてやるぜ」

「どうかな?俺たち天才的に飲みこみ早いぜ?」



得意気に言う桃城のセリフをたまには信じてみようか。あの2人はちょっとバカなところもあるが、それでもなんの対策もなしにリベンジを挑むほど筋肉バカではないはずだ。腐っても青学レギュラーなのだ、あの2人は。



「よし、越前。“ア・ウン戦法”いくぞ」

「ウィーッス」

「“ア・ウン戦法”...?」

「知ってる?」

「いや?」

「...不二先輩、やっぱり私、ちょっと不安です」



菊丸も乾も知らない“ア・ウン戦法”。それに拳をコツンと突き合わせる2人の表情は、さっき「男は黙ってダブルス」とすずに言い切った時と同じだった。



―――ワンセットマッチ、玉林・泉、トゥーサーブ!



審判のコールで、試合は玉林のサービスゲームからスタートした。リョーマがリターンした打球を、泉が更にリターン。そのコースはセンター―――桃城とリョーマの丁度真ん中だ。息が合わないペアだと、ここでお見合いしてしまう。すずがそわそわと見守る中、突然桃城が大声を出した。



「アー!」

「ウン!」

「...は?」



桃城に倣うようにリョーマも大声を出し、そして桃城がリターン。最初のポイントは青学に入った。が、突然の大声とその内容に、すずの目は点になっていた。



「今、なんて...?」

「なるほど、それで“ア・ウン戦法”ね」

「“ア・ウン”って...まさか、阿吽の像の“ア・ウン”ですか?」

「あの様子じゃ、そうだろう」



言いつつ乾は何やらノートに書き込んでいて、すずは感心するやら呆れるやらで、ポカン、である。お見合いしてポイントを取られるよりはましだが、あの掛け声は...正直言って。



「恥ずかしい...!」



両手で顔を覆うすずを他所に、桃城・越前ペアはその後2ポイントを連取。0-30とリードしていた。しかしいくら“ア・ウン戦法”が功を奏しても、相手はこちらのような即席ペアではない。このまま易々と勝たせてもらえるはずがなかった。


20161010

prev next