「手塚部長!お疲れ様です」

「あぁ」



歩いてきたのは大石との試合を済ませたらしい手塚だった。6-1と伝えられたスコアをすずが書き込む傍らで、手塚はタイムテーブルを見て何やら考えているようだった。



「どうかされました?」

「いや、他のコートも含めて予定より早く進行しているようだから、選手さえよければ今日中に全試合終わらせてもいいかと思うんだが」



言われて見れば手塚の言う通りで、見る限り今日全てやってしまおうと思えば出来ないこともなさそうだった。余裕をもってスケジューリングしたのだが、必要なかったらしい。



「じゃああとで明日試合予定の部員に声をかけてきますね」

「あぁ、頼む」

「あー、でも薫くんに怒られちゃうかなぁ」



すずが小さく零すと、手塚がどうかしたのかと訊ねた。



「いえ、今日は薫くん試合が無い予定だったので、見学に来た友達の案内を頼んでしまったんです」

「そうか。なら、海堂には俺から言いに行こう」

「え!?い、いいですよ、わざわざ部長がそんなことなさらなくても!私が言いに行きます!」

「いや、お前には先日助けられたからな」

「え?」



手塚の言う“助けられた”が何を指すのか、すずにはさっぱり分からなかった。もちろん日々マネージャーとしてテニス部や部長である手塚のサポートはしてきたつもりだが、今更特記すべきことでもない。イマイチ理解出来ずきょとんとするすずに、手塚が言葉を付け足した。



「越前との試合のあと、海堂をフォローしたのは園田だろう」



それを聞いて、あぁその事かと腑に落ちたものの、それでもやはりその行為を“助け”などという大層なカテゴリに入れて良いものかと、すずには疑問だった。あれは傍から見れば選手の自傷行為をマネージャーが窘めたように見えるが、実のところ、すずが海堂の自暴自棄な様子に腹を立てて突っかかり、手当をしながら仲直りを図りつつ、最後にオマケのように海堂を激励しただけだ。すずの認識としては、感情が先走った子供じみた行動をなんとか丸く収めただけで、感謝されるようなものではない。



「あの場で海堂に声を掛けてフォローできたのは園田だけだった。お陰で奴もスッキリしたようだったし、感謝している」

「い、いえ、そんな...」



しかしながら良い方に解釈している様子の手塚に実は違うんですなどと言う度胸は、いくらすずとて持ち合わせておらず、モゴモゴと感謝の言葉を受け取った。



「あ、あの、私、試合予定の変更のこと、みんなに伝えてきます!」



いたたまれなくなったすずは、言うなり予定表を掴んでコートに走り出した。パニックのあまりすずは気づかなかったが、この後手塚はお留守になってしまったスコア番をすずが戻るまで務めることになり、試合を済ませてスコアを伝えに来た部員達はその手塚の姿を見るなり慌てて交代を申し出て、そして断られてさらに焦るという可哀想な目に合うハメになった。後にそれを知ったすずは土下座の勢いで謝り倒した。









数十分後の自分の焦りなど知りもしないすずは、心を落ち着けて明日の試合を今日に繰り上げる旨を部員に伝えるべく、コート周辺をまわっていた。



「えっと...荒井くん、鈴木くん、佐藤くん...試合中の人と、あ、薫くん!」



Dコートの試合を観ていたらしい海堂に声を掛けると、隣にいた亜美も気づいて手を振ってきた。



「すず、どしたの?」

「薫くんに用事。進行が予定より早いから、明日の試合を繰りあげようかって話が出てるんだけど、どうかな」

「俺は別に構わねぇ」



異論はない様子の海堂に安心しつつ、すずはコートに目を向けた。丁度リョーマがサーブを放つところで、何気なくそのフォームを見ていると、また違和感に気づいた。



「ん?また右手...って、え!?」



リョーマが右手で放ったサーブは、乾の顔面を目掛けて跳ね上がった。あれは世に言うツイストサーブ。知識として知ってはいたが見たのは初めてだったし、すずが知る限り普通の中学生が打てるサーブではない。



「リョーマって何者...?」

「...アップしてくる」



触発されたのか、言うなり海堂はラケットを取りに部室に行ってしまった。海堂の試合相手は、今リョーマと試合をしている乾。この試合結果にもよるが、海堂がレギュラー入りするためには、今のところ3戦全勝の乾に勝たなければならない。



「相手してくれたお礼に応援してあげるから、頑張んなよ!海堂!」

「薫くん頑張れ!」



すずと亜美が揃って声を掛けるも、海堂は背中で受け取ってそのまま行ってしまった。愛想のないやつだとボヤく亜美だったが、いつものことなので全く気にしていない。というより、いつもより少し雰囲気が柔らかいことから、試合の観戦は楽しかったのだろうと見て取れた。“相手してくれた”と言うのだから、きっとルールの説明を含めて海堂は亜美の質問に答えてやっていたのだろう。なんだかんだ言って、この2人は仲良しなのだ。



―――ゲームセット!ウォンバイ・越前、6-4!



審判のコールにハッとしてコートを見ると、コールの通りリョーマが乾を下していた。まだ一試合残ってはいるものの、これでリョーマのレギュラー入りはほぼ確定したも同然だった。祝う気持ち半分、信じられないような浮き足立つ気持ち半分で、すずは半ば呆然としながらリョーマに拍手を送った。



「すごいね、すずの幼馴染み」

「...うん」

「ちょっと可愛いしね」

「うん...うん?」



リョーマを見る親友の目が少し愉しげなことに微妙な気分になりながら、すずはコートから出てくる乾に試合予定の変更を告げるべく走った。負けたはずの乾が少し上機嫌なのは、ツイストサーブを始め新しいリョーマのデータが取れたからだろう。それはいいのだが、あのノートに自分のデータも少なからず記録されていることを思い出して、すずはまた微妙な気分になった。

その後、リョーマは残りの試合を6-0で制してレギュラー入りが確定。注目が集まった海堂vs乾の試合は大方の予測を裏切って海堂が制した。こうして波乱のDブロックの全試合が終了、都大会までを戦う青学のレギュラー8人が出揃い、4月期ランキング戦は幕を閉じた。


20161006

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