「おす!」
「こ、こんにちは」
チャイムが鳴り、母に呼ばれ玄関先に出る。
夕焼けで橙色に照らされる景色の中、了平は立っていた。
メールを受けてから僅かばかりにしか時間が経っていない。笹川家から向かってきたとしたら、考えられない速さなので、恐らく外出していたのだろう。
ソラが出て来た途端、明るい笑顔を向けて来る了平に対して、ソラは相変わらず頭の中の整理がつかずこんがらがっていた為、引きつったような笑みしか返せなかった。
「了平君、もしかして出掛けてたの?」
何から切りだして良いのか分からなかったので、とりあえず口から疑問が飛び出す。口に出してから、この質問はぶしつけじゃないか、と言った後に後悔したが、了平はごくごく普通に返して来た。
「さっきまで持田達といて、分かれた所でメールが来てな。近くにいたから直接話した方が手っ取り早いと思ったから来たのだ」
ようやくそこで合点がいく。笹川了平という男は、だらだらとメールしたり電話したりするようなタイプではなく、会える距離にいるなら直接会って話をするタイプなのだ。
「メールが届いたのが、極限にベストタイミングだったから驚いたぞ!」
にっこりと了平が微笑む。純粋に誕生日を祝ってもらえて嬉しいのだろう。そんな下心等一切見えない笑顔を向けられて、ソラは色々思い悩んでいた自分を馬鹿馬鹿しく感じた。
何を悩んでいたんだか。祝うなら祝うで良いじゃないか。
目の前で笑っている了平を見ていると、自然とそんな気持ちになってくる。そもそも彼は人の好意に下心があるかどうかを疑うようなタイプでもないのだから、悩む事は何もないのである。
「あ、これ、ちょっとしたものですが、誕生日プレゼント」
「わざわざすまんな。ありがとう」
頭が冷静になってきた所でプレゼントを差し出せば、これまた嬉しそうに了平が受け取る。何だか輝くような瞳で包みを見ていたので、「開けてみて」と促せば、彼にしては丁寧に包みをほどき始める。
乱暴そうで意外とこういう事に気が回るのは妹さんがいるからなんだろうなあと、ソラは了平を眺めながら思った。
「クッキーだな!」
「うん」
「手作りか!」
「口に合うと良いんだけど」
「極限に美味いぞ!」
開けたかと思ったら既に口に放り込み始めている了平に思わず笑ってしまう。同時に、彼の誕生日だと言うのに、何でだか自分が嬉しい気持ちになっていてどうするんだ、と頭の中で苦笑した。
「上がっていく?」
「いや、今日は京子が夕飯を作ってるらしいからな。帰らねばならん」
汗ばむ額を拭いながら問えば、了平はクッキーの入った箱を閉じながら頭を左右に振った。「それは何としてでも帰らないとね」と言えば、了平はますます機嫌良さげに笑う。
「じゃあ、そろそろ俺は帰るぞ」
「あ、じゃあ途中まで」
「いや、ここで良い。日も落ちて来てるしな」
家の外まで出ようとすれば、了平に手で制止され立ち止まった。
クッキーの入っている箱を一度見てから、了平が真っ直ぐソラの視線を捉える。それに妙な気恥ずかしさを覚えて、目を逸らそうかと迷ったが、彼が何かを言いたげにしているので、何とか踏みとどまる。
暫く無言で見つめ合い――というか、睨み合った末、了平が口を開いた。
「今日はありがとう」
了平らしくストレートではあるのに、何故だか意外に感じてしまう言葉が飛んできたのでソラは目を丸くする。
「クッキー、嬉しかった」
「そ、そっか。喜んでもらえて、良かった」
そう返事をするも、妙な沈黙と妙な空気が二人を包む。例えようの無い羞恥に苛まれ、ソラは視線を足元に落とした。
暑さのせいか、雰囲気に飲まれたのか、全身が熱い。
先程までは気にならなかったセミの声がやけに煩く耳に届く。
じりじりと暑さを放つコンクリートを睨んでいると、了平の足が勢いよく動くのが目に入った。
慌てて顔を上げると同時に、了平が吠える。
「だあああああ! とにかく、俺は極限に感謝している!」
「あ、は、はい!」
「ありがとう!」
「うん!」
「じゃあ帰るぞ! また、新学期な!」
「う、うん」
ソラの返事を聞くと、了平は背を向けて走り出した。
道路に出て、その背中をぼんやりと眺める。両頬が熱いのは、紛れもなく彼のせいだ。
俯いていたせいで分からなかったが、彼も自分と同様に顔を赤くしていたのだろうか。
そんな事を考えていたら、まだ直接言っていなかった言葉を思い出し、ソラは急いで口を開いた。
「了平くん! お誕生日おめでとう!」
遠ざかっていく背中に向かって叫べば、了平はくるりと振り返り両手を振り上げて、その真っ赤な顔で笑った。
お誕生日おめでとう!
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