携帯電話を握り、アドレス帳を開く。
 そのままサ行まで指を滑らし、上から二番目の項目を押す。
 名前と電話番号、メールアドレスが画面に表示されるので、ソラはそのまま電話番号までカーソルを移動させた。
 そこからは先程までのスムーズな動作とは一変。途端に指の動きが遅くなる。油が切れた機械のように、ぎこちない動きで親指が下りて行く。
 電話番号をプッシュし、通話ボタンを押そうとするも、ソラの指は途中で固まり携帯電話を手放した。

「はあ……」

 ベッドの上で正座したまま、項垂れる。枕に顔を突っ込み、ソラは深く深く息を吐いた。
 少しだけ顔の角度をずらし、開けた視界で室内の机を見やる。机の上には、ラッピングされた箱が置いてある。
 丁寧にラッピングされてはいるが、多少の粗が見える。それは店でプレゼント用に包んでもらった訳ではなく、自分自身で包装した為だろう。

 8月26日。

 今日は特別な日。笹川了平の誕生日。まさにその当日だった。
 了平に対して、二年生の春から片思いをし始めたソラにとっては、今日は重大な、特別な、意味があった。
 一応ソラと了平は友達同士という間柄だ。それ以上でも以下でもない。だから夏休みである今、了平の誕生日をスルーしようとも、大して支障はない。
 恐らく新学期に入ってから誕生日を祝っても、充分喜ばれるはずだ。了平とソラと言えば、そのくらいの当たり障りの無い仲だった。
 だからセオリー通り夏休み明けに誕生日を祝おうとも思ったのだが、ソラはどうしても当日に祝いたかった。正直に言えば26日0時ぴったりに「おめでとう」と言いたいくらいだったが、健康的な了平はぐっすり眠っているであろうから止めた。
 まあそんな訳で、ソラは誕生日プレゼントを用意してしまった。重苦しくないような、価格や気持ちもお手軽な手作りクッキー。中学生らしく健全なプレゼントと言えるだろう。
 折角プレゼントを用意したのだし、いざ連絡しようかという所でソラは臆病風に吹かれた。
 今日は、電話をしておめでとうを言って、プレゼントがあるから渡しに行っても良いか聞いて、OKがもらえたらさっさと渡して逃げると言う計画だったのだが、よくよく考えたらこれは穴だらけな気がしてくる。
 誕生日当日に、突然プレゼントがあるから渡したい、等と言うのは普通に考えたら物凄く迷惑な話なのではないだろうか。
 サプライズ性を出したかったと言うのもあるが、アポなしで取り次げるとも限らない。誕生日なのだから、何かしらの予定が入っていてもおかしくないのだ。
 そもそも何でお前が俺の誕生日を知ってるんだ、等と聞かれてしまっては返事に窮する。京子ちゃんに聞きました、と答えて気持ち悪がられたりしないだろうか。

 そのような感じで、考えれば考える程、思考がマイナス方向へと進んでいく。はじめの頃には意気込んで祝おうとしていたのに、今はその決意も風に飛ばされてしまいそうだった。
 枕に顔を突っ込んでいるせいなのか、精神的な物なのか、息苦しくなってきたのでソラは体を起こし足を崩す。
 ――せめて、メールでお祝いだけしよう……。
 完全に弱気になっていたソラの出した結論と言えばそれだった。
 流石に自分でもチキンだと思うが、仕方が無い。チキンで結構。元々了平相手に余裕など、微塵も持ち合わせていないのだから。
 ソラは弱々しい手つきで携帯を握ると、かちかちとメッセージを打ち始める。

『こんにちは。お誕生日おめでとう。ちょっと前に京子ちゃんから今日が了平君の誕生日だと聞いたので、お祝いの気持ちを込めてプレゼントを用意しました。了平君が暇な時にでも渡しに行きたいので、家にいる日があったら教えてね。ではでは、この一年が了平君にとって最高の年でありますように。』

 最後まで打って、再び送信を押すかどうかで迷う。しかし、そうしていても時間の無駄なので、勢いに任せて送信ボタンを押した。
 ランニングした後かのように心臓がばくついているが、もう遅い。
 押した。押してしまった。後戻りは出来ない。
 さすがに、あの文章は気持ち悪くないか、とか、堅苦しすぎるだろ、なんて思ったけれど、最早修正はきかない。
 取り返しがつかない事をしてしまったと思う反面、何かを期待するような、何だかぐちゃぐちゃとした気持ちになり、ソラは枕を抱えてベッドの上を転がった。
 そのまま絶叫しながら暴れ出そうとした所で、それを制止するように携帯がメロディを奏で始める。
 驚いてディスプレイを見ると、『着信:笹川了平』の文字。
 それを確認した瞬間、ソラの全身から一気に血の気が引いた。かと思いきや、即座に鼓動が速くなり、息苦しくなる。
 どうしたら良いかと悩む間もなく、条件反射で電話の応答ボタンを押してしまった。

「もしもし」

 意外にも冷静な声が滑り出たので、ソラは自分自身に驚いた。だが、その実ソラはパニック状態だった。とてもではないが、健全な心境とは言えない。

『笹川だ。メールみたぞ、ありがとう』
「あ、うん、はい」

 本人が目の前にいる訳ではないのに、思わず正座をして姿勢を正してしまう。
 心臓が口から飛び出そうな程に、緊張していた。了平の次の言葉を早く聞きたいような、永遠に聞きたく無いような、矛盾した気持ちが心中を飛び交う。つまりは、訳が分からない。

『今何をしてるんだ?』
「え、いや、何も、暇しています」
『家にいるのか?』
「うん」
『分かった、すぐ行く』
「あ、はい。えっ、うん!?」

 放心状態で相槌を打っていた為、会話内容を把握する前に電話が切れてしまった。
 ツーツーと無機質な音を耳にしながら、ソラは先程の会話を反復する。

「うええぇぇええええ!?」

 意味が分かった瞬間、ソラは携帯を落とし、両手で頭を抱えた。色気も減ったくれも無いような声が腹の底から出たが、どうでも良い。今はそんな場合ではなかった。
 何だか良く分からない内に、どうやら了平が来る事になったらしい。何で、どうして、という疑問が飛び交いつつも、ソラはベッドから這い上がる。
 ふとスタンドミラーが視界に入ると、そこにはボサボサの髪の毛と馬鹿みたいな顔をしたジャージ姿の自分が映っていた。
 慌ててジャージを脱ぎ捨てクローゼットを漁る。
 相変わらず頭は混乱していたが、了平が来るという事だけは理解出来たので、このままではいられない。
 着飾るまでとは行かないが、だらしがなくない程度に身支度を整えなくては。流石にジャージ姿で出迎える訳にもいかないだろう。
 まあ了平はそんな事は気にするタイプではないだろうが、少しでも良く見せたいという女心故である。
 いまだに自分の置かれている状況がよく分からないまま、ソラは着替え始めた。
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