「う゛お゛ぉい!!何してやがるレヴィ!大丈夫か!カナタ!」

    スクアーロだ。

    「ちょっと、何してくれてんのスクアーロ。レヴィが可哀そうじゃない」
    「あ゛あ!?」
    「ほら、レヴィ、怖くないからスクアーロの後ろにでも隠れてなさい」
    「くっ……分かった……」
    「え、ちょっと待て!う゛お゛ぉい!どういう事だぁ!」

    素直にスクアーロの背後に回ろうとするレヴィから逃げつつ、スクアーロがカナタ困惑した表情を向けた。
    カナタは対して動揺した様子もなく、新聞紙で素振りをしながらキッチンへと足を進める。

    「ゴキブリが出たんだって。という訳で潰してくるから、レヴィお願い」
    「ゴキブリィ!?こいつがそんなんで怖がるようなたまかよぉ!」

    と言って、レヴィに視線を向ければ、彼は悔しそうに唇を噛んだ。

    「怖いみたいだね」
    「まじかぁ……って、カナタ!前だ!」

    スクアーロの声に反応し、前方を見ると件のゴキブリがこちらに向かって飛んできていた。

    「そっちから来るとはね!いい度胸だわ!」

    臆することなくカナタは新聞紙をゴキブリに向かって振り落とした。ゴキブリは勢いよく地面に叩きつけられる。さらにそこへ迎撃する為、カナタは新聞紙を容赦なく振り下ろす。
    一発、二発、三発、と繰り出される連撃。
    ラストに靴のヒールの部分で思い切り踏みつぶし止めを刺した所で、標的は完全に沈黙した。カナタは恍惚とした表情でスクアーロ達の方へと振り返る。

    「終わったよ、さあ、ルッスーリアにスコーンづくりの続きをして貰わなくっちゃ!」
    「容赦ねえなぁ、お前……本当に女かぁ?普通ゴキブリが出たらきゃーきゃー言うもんだろうがよぉ。なんだ今のはぁ」

    やや引き気味の表情で放ったスクアーロの言葉に、カナタはイライラとした様子で「どういう意味よ!」と新聞紙を突き付ける。流石にゴキブリを叩きつぶした新聞紙は、気味が悪かったのか、スクアーロは逃れるように一歩下がった。

    「男女差別よ!別にゴキブリなんて怖くないじゃない。大体嫌いでもないし、寧ろどっちかっていうと好きだし」
    「ヤツらの事が、好きだと!?お前は正気なのか!?」

    がくがくと震えるレヴィにカナタは呆れる様な視線を向ける。

    「ゴキブリ程生存能力が高くてしぶとくて強い生き物なんかそうそういないじゃない?それにこんなにも畏怖される生き物も珍しいしね。私そういうの好きよ。ボスみたいで素敵!」

    ボスみたいで素敵とか言いつつ、さっき思い切り潰したよなぁ、という言葉をスクアーロは飲み込んだ。
    横ではレヴィがわなわなと震えている。どうやらそれは恐怖から来るものではなく、怒りから来ているようだった。こめかみがぴくぴくと痙攣している。

    「きっ、貴様!ボスとゴキブリを同列にするな!」
    「してないわよ!例えよ例え!ボスはどんな生き物より上の存在よ!神よ!正義よ!萌えの極みよ!ボスと比べたらゴキブリ何て無価値よ!カスよ!ゴミ以下よ!っつーか同列だぁ!?そんな発想が出てくるアンタの方が失礼でしょ!?分かってるの!?ええ!?」
    「ぬ、すまなかった」
    「分かればよろしい」

    あっさりと引き下がるレヴィ。カナタによる怒涛の攻めに押し負けたのもあるが、おそらく決め手は、ばんばんと突きつけられる害虫の体液がついた新聞紙だろう。
    ともかく、そんなレヴィの様子にカナタは満足げに鼻を鳴らした。
    正直意味が分からん。横から眺めていたスクアーロは眉をひそめる。


    「さてと、じゃあ談話室に戻ってルッスーリアを……」
    「ぐひぃいい!」

    一息ついて戻ろうとしたのも束の間。再びレヴィが奇声を上げてカナタに飛びついて来た。スクアーロが蹴り飛ばすもレヴィはカナタからはがれない。このナリでゴキブリが苦手とか、どうかしている。スクアーロの眉間に細かく皺が寄った。

    「どうやらもう一匹いやがったみたいだなぁ」

    カナタからレヴィを引き剥がしながらスクアーロが言った。それに対し、カナタは不敵な笑みを浮かべながら新聞紙を構える。

    「ふふ、悪いけれど、何度来てもおな…」


    「さっきから、るせえぞ。何を騒いでやがる」


    三人の背後から、怒気を含んだ低い声。

    それが誰の声か把握した瞬間、一気にその場の空気が凍りつく。
    あまりにも騒ぎ過ぎていた為か、ザンザスが執務室から出て来たようだ。その表情は怒りに包まれていて、今にも暴れ出しそうな雰囲気を漂わせている。
    前方にはゴキブリ、後方にはザンザス。
    全員が押し黙り、緊張した静寂が辺りを包む。
    誰も口を開こうとはしない。下手に動けばやられる。しかし、誰かが動かねばならない。

    そんな状況を打ち破ったのはカナタだった。

    「きゃあっ!……ボス!」

    とかなんとか、言いながら。新聞紙をぽいっと投げて、カナタは涙目でザンザスの元へと駆け寄った。
    何だなんだとスクアーロとレヴィが目を丸くしていると、カナタはわなわなと震えながらザンザスの服の袖をぎゅっとつかんだ。ザンザスにとっても予想外の反応だったのか、彼は目を見開いてカナタを見ている。

    「……どうした」
    「ゴッ、ご、ゴキブリが出たんです……」
    「ゴキブリ?」
    「わ、私、虫が苦手で……怖くて……」

    とかなんとか。あれだけ容赦なくゴキブリを叩き潰した口がそれを言うか。さらには、どさくさにまぎれてちゃっかり抱きついたりなんかしている。
    しかしそんな裏事情を知りもしないザンザスは、舌うちしつつも前方に視線を投げた。

    「暗殺部隊の幹部がムシケラごときに何言ってやがる」
    「……ごめんなさい」

    素っ気ない返答をしつつも、ザンザスは周囲に視線を這わしている。どうやらゴキブリを探しているらしい。つくづくこの男はカナタに甘い、とスクアーロは思った。

    「ボス、あちらです!」

    レヴィが意気揚々と、ゴキブリのいる方向へ指をさす。
    いやいやいや、そんな事してるくらいなら、お前が倒せ。ボスにゴキブリ退治をさせるとは何事か。
    普段のカナタだったらそのような罵声を飛ばしていただろうが、あいにく彼女はザンザスにすり寄って彼の匂いを嗅ぐのに必死だった為そこまで頭は回らなかった。そのせいで、悲劇は起こった。

    ***

    すさまじい爆発音がし、地震かと勘違いする程に部屋が揺れた。
    談話室でカナタの帰りを待っていたルッスーリア達は顔を見合わせ、部屋を出る。

    「キッチンの方から音がしたわよねぇ」
    「ただ事じゃないね。一体どうしたっていうんだろう」

    困惑しながらもキッチン方面に行けば、そこは瓦礫の山だった。キッチンがあったと思われる場所は、崩れ落ち、壁も天井も、跡形もなくなっている。

    「これで良いだろ」
    「ああ、すごい!流石ボスです……!」

    満足げな表情のザンザスと、それをうっとりとした表情で眺め、顔を赤らめるカナタ。そして、その横で倒れているスクアーロとレヴィと思わしき塊。

    「………………」

    瞬時に状況が把握できたルッスーリア達は、黙ってその光景を眺める。
    お前がカナタに頼んだせいだろ、どうすんだよ。そんな感じの、ベルとマーモンからの冷たい視線を背後に感じながらルッスーリアは乾いた笑みを浮かべた。

    「とりあえず、アレがいなくなったから結果オーライよね!」
    「結果オーライじゃねえよ、ふざけんな、カマ野郎」

    ベルのナイフが宙を飛んだ。


    Gの悲劇




    (ああ、ボスかっこよかったぁ……)(きみは本当幸せな頭をしてるよね)

    (2011.05.05)

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