「う゛お゛ぉい! 待てぇ、練習が必要なものなのかぁ! 本当に大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫じゃないから練習するんでしょ!」
「っざけてんじゃねぇぞぉお゛! んなもん突っ込まれて鼓膜でも破られたらたまったもんじゃねえぇだろうがぁ!」
「けちけちしないでよ。膝枕してあげるんだから、おあいこでしょ?」
「割に合わねえだろうがぁ!」
「ちょっと、カナタちゃんの膝枕なんだから鼓膜の一枚や二枚差し出しなさいよ!」
「あ゛あ!!?? て、テメェ破る気マンマンじゃねえか! 頭沸いてんのかぁあ゛!?」
「当然でしょう! 私の頭の中はいつもボスで沸きまくってるわよ!」
「んなこた聞いてねぇええ゛!」
何故か誇らしげな顔でこちらを見てくるカナタに、思い切り溜息を返しスクアーロはひらひらと手を振った。
「もういい、他を当たれぇ。俺の耳は貸さねぇぞぉ」
「えええ! なんでよ! 一回了承したのに! ケチ!」
「おうおう言ってろぉ。っつーかルッスーリアに頼め、ルッスーリアに」
「えぇええ? わ、私ぃ? いやあよお、そんな棒耳に入れるなんてこっわぁあい!」
突然話を振られたルッスーリアは、弾けるように立ちあがるとくねくねと身をよじりながら首を振った。スクアーロがその薄気味悪い仕草に蒼くなっていると、カナタがうーんと唸る声がする。
「ルッスーリアは駄目よ」
「なんでだぁ」
「だって、痛い事しちゃったら可哀想でしょ?」
「あら、カナタったら、優しいわね」
「ちょっと待てぇ! 俺相手だったら痛い事しても良いっつーのか、それはぁあ゛!」
扱いの差に抗議するも、カナタはしれっと「だってスクアーロだしぃ」と返してくる。
なんて可愛くないのだろうか。昔はスクアーロさんスクアーロさんと後ろをくっついてきた時期もあったのに。今の姿はその欠片も無い。自分の都合の良いように記憶を塗り変えてしまったのかと疑ってしまうレベルだ。
「なーに騒いでんだよ」
カナタが耳かきを構えスクアーロににじり寄ろうとした時、談話室の入口から声がした。
「あら、ベルちゃんにマーモンじゃなぁい。二人とも今日はお仕事だったんじゃなかったの?」
「んなの、片付いたし。ま、あのクラスの仕事じゃ何てことねーよ。王子一人でもよゆーよゆー」
ルッスーリアに軽く目をやり、ベルは軽い足取りで談話室内へと入ってくる。マーモンも後に続くようにゆらゆらとやってきた。
「で、君達は何を騒いでいたんだい」
テーブル上にあるクッキーを手に取りながら、マーモンが呟く。さして興味も無さそうなので、一応聞いておく程度の気持ちなのだろう。
「あ、ちょっと聞いてよ、マーモン。スクアーロがね」
マーモンの一声にカナタが興奮気味に語り始める。一応マーモンは相槌を打ちながらそれを相手にしてはいるが、聞き流しているのだろう。カナタの方には目もくれずクッキーをかじっている。
スクアーロはそれを背に聞きながら談話室の奥へと入り酒を吟味し始めた。
この調子だと、マーモンかベルに被害が行く事になるだろうが、まあ関係ない。酒を調達したら矛先がこちらに向かって来る前にさっさと談話室から出よう。
「と、言う訳だからマーモン。膝枕してあげるから耳貸してくれない?」
丁度酒瓶を一本掴んだ所で、カナタが可愛らしくマーモンにおねだりをしていた。これでただ膝枕をしてくれるだけだったのなら、喜んで了承する所だが、この女は鼓膜を破るつもりでいるのだから恐ろしい。詐欺も良い所である。
そんなカナタの要求に対して、マーモンはいつも通りの対応を返した。
「いくら払ってくれるの」
「えっ、そんなお金を払うような事じゃないでしょ。だから膝枕で手を……」
「嫌だよ。分かってるだろ。僕の時間を割くならそれなりの報酬を用意してくれないと」
「ひ、膝枕」
「そんな一銭の価値にもならないものいらないよ」
ばっさりと切り捨てられ、カナタは不機嫌そうに頬を膨らます。流石にマーモン相手では幾ら言っても無駄だろう事は分かっているのか、カナタはそれ以上何かを要求する事は無かった。
「んで、これが耳掻き?」
二人の会話を横で聞いていたベルが、カナタの隣に腰をかけて彼女が手に持っていた木の棒をひったくった。マーモンに気を取られていたカナタは、あっさりと耳掻きを手放してしまう。
「あっ、こら! 返してよ!」
「うっせー、王子に指図すんな」
カナタが取り返そうと身を乗り出すのを片手で制止、ベルは躊躇することなく耳かきを耳に突っ込んだ。
その様子にカナタ以外の一同がギョっとする。
「お、お゛い、大丈夫なのかぁ、んなもん突っ込んで」
「んー……」
スクアーロの問いかけに、鼻で返事をしつつベルは耳かきを動かす手を止めない。
ちょいちょいと暫く手を動かしたのち、ベルはチェシャ猫のような笑みを浮かべて満足げに息をついた。
「へー、これ良いじゃん。気に入った」
「うっそぉ、ベルちゃんほんとに?」
「でしょでしょ? 気持ち良いんだってば、耳掻き。どうして皆しないのか不思議なくらいなんだから」
ほれ見た事かと、ここぞとばかりアピールしてくるカナタだが、それを見てもやはりスクアーロには耳掻きと言う物は受け入れがたかった。
しかし、ベルは本当に気に入ったのだろう。物珍しそうに耳掻きを見てはにやにやと口の端を上げている。
「王子が膝枕されてやってもいーぜ」
「えっ、ほんと?!」
「マジマジ」
何やら話が収まったのか、カナタの隣に座っていたベルがころんと彼女の膝の上に頭を乗せ寝転がった。二人とも偉く上機嫌で、それは今にも歌いだしそうな程だ。
カナタは笑顔のまま、膝上にいるベルに右手を差し出した。
「じゃあ、ほら、耳掻き返して」
「え、やだし」
その言葉にカナタの表情から笑みが消える。早くも雲行きが怪しい。