八年前。彼女は十一歳だった。当時背丈はザンザスの腰元くらいまでしかなかったし、髪は短く、少年なのか少女なのかよく分からない外見だった。
     それがどうだ。現在の彼女は、顔つきも、体つきも、雰囲気も、全て、女性特有のやわらかさが出来ているじゃないか。身長もザンザスの胸元辺りまで伸びているし、短かった髪も大分長くなっている。東洋人特有の幼さはあるものの、今ではすっかりカナタも、ドレスの似合う大人の女性になっていた。
     一瞬で八年間を過ごしたザンザスからしたら、それは驚異的な変貌だ。カナタです、と言われて、はいそうですかと受け入れろと言う方が無理というものである。
     彼女と再会した時、かろうじて、その頭につけている青いカチューシャでカナタなのだろうと判断が付いた。これは昔、気まぐれで彼女に贈った物だった。少年のような少女に、これでもつければ女に見えるだろ、と馬鹿にしたような口ぶりで渡したら、それまた馬鹿みたいに喜ばれて拍子抜けしたものだ。ザンザスにとってこの出来事はつい先日の事のはずなのに、今の彼女を見てしまうと、自然と古く懐かしい事のように感じてしまう。それがたまらなく不快だった。

     変わったと言えば、彼女の振る舞いだ。
     昔はスクアーロに甚く懐いていて、スクアーロさんスクアーロさんと名前を呼びながら後ろをひっつきまわっていたのをよく見かけていた。もしこれがザンザスだったら、鬱陶しくて乱暴を働いたかもしれないと思う。しかし、スクアーロと言えば、ついて回るカナタをそれはそれは嬉しそうに笑顔で受け入れていたのだから笑いを誘った。
     だが今の彼女からじゃそんな行動はどう頑張っても結びつかない。
     気がつけばカナタはスクアーロの事をさん付けで呼ばなくなっているし、彼の後をついて回る事はなく、逆にベルと一緒に悪戯をして、スクアーロに追いかけられている方が多い。
     そう、ベルとの関係も昔の物とは違った。子供の頃は年下であるのにも関わらずベルにいじめられて、よく泣いていたような気がする。それが今ではベルと一緒にレヴィに奇襲を掛けて地面に埋めようとしているくらいだ。一体何がどうしたらそうなるのか。理解しがたい。何故ならザンザスにとってカナタは、つい先日まで大人しく静かで、従順な、そんな少女だったのだ。誰に対しても敬語で話し、どんな人間に対しても敬うような態度をとっていたのに、今では彼女は態度はでかいし人の話は聞かないし、悪戯はするし、やりたい放題。昔よりもずっと子供みたいだ。
     だからどうにも幼い彼女と今の彼女がザンザスの中では結び付かなかった。同姓同名の別人がいるようで、落ち着かないのだ。気持ちが悪い。
     かといって。カナタはザンザスに対してもそのような破天荒な態度をとる訳ではなかった。寧ろ、彼女は昔のように、いや、それ以上にザンザスに対して尊敬の念を込めた態度で接していた。その意識も徹底している。何処で覚えたのか知らないが、ザンザスの好みや機嫌の見方から何からしっかりと把握している。加えて子供の頃とは違い、その立ち振る舞い、礼儀作法も上流階級の物に仕上がっていた。
     だから、多少の苛立ちを差し置いても、カナタは、こうして外に連れ歩くのには申し分なかった。そう。スクアーロ達と接している時の子供のような彼女とは違い、自分の隣にいる時の彼女は、大人の女性そのものなのだから。

    「ボス」

     自分を呼ぶ声に顔を上げれば、カナタが不安そうに瞳を揺らしていた。気がつけば、一人考え込んでいたらしい。

    「大丈夫ですか。気分が悪いようなら――」
    「おい」

     正面から睨みつける。カナタはそのまま押し黙った。

    「前から思ってたが、何だ。その、ボスっていうのは」
    「え」

     カナタが口を開いたまま、ぽかんとする。酷く間抜けな顔だ。しかしザンザスは笑う気にもなれない。

     ――ボス。

     そう。これもザンザスを不快な気持ちにさせる物の一つだ。
     昔、少女だったカナタは、彼をこう呼んだ事は一度もない。ずっと、ザンザス様と、名前で呼んでいたはずだ。
     また苛々と胸がざわつく。
     スクアーロ達とは距離が縮まっているのに、ザンザスとの距離が遠いままなのは仕方が無い。別に親しくなりたいと思っている訳でもない。けれど、何故こうなる。彼と彼女といえば、昔よりも距離が遠くなっているじゃないか。
     変わるのは当たり前だ。とは思う。きっと眠りについている間に、彼女に何らかの心境の変化があったのだろうと。けれどそんな事はザンザスの知った事ではないし、こうして、自分の知らなかった時間を見せつけられると苛立ちが抑えきれない。自分が時間に屈服せざるおえない事実が腹立たしい。
     悔しい。妬ましい。湧き上がるのは怒りばかり。こうして再び彼は胸に心火を燃やす。

    「あ、あの……ボスは、私との約束を覚えてますか?」
    「ああ?」

     ふと、予想外の返答が戻って来て、ザンザスは怪訝そうに目を細めた。彼女はザンザスから視線を外し、ただただ顔を赤らめている。
     訳が分らない。約束? 何の事だ。先程ザンザスがした問いに関する事なのだろうが、思い当たる節が無い。
     ザンザスが黙っていると、カナタは再び口を開く。

    「八年前に、ご褒美にレストランに連れて行ってくれた時の事です」

     覚えてませんか、と消え入りそうな小さな声。俯き、半笑いを浮かべながらカナタは恥ずかしそうに両手を胸の前で握っている。
     八年前の記憶なら、この女よりもザンザスの方が鮮明だ。すぐにその時の事を思い出す。

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