「あ、ここみたいだよ、宴会場」

    ずるずると引き摺られつつ、気がつけば宴会場前までついていたらしい。カナタが顔を上げると、ボンゴレファミリー一行様と書かれた看板が目に入った。
    悔しいが早く何処かに寝転がりたい。ああ、普通にしていれば今頃ボスの浴衣を拝めていたものを。カナタは、やるせなさからがっくりと頭を垂らす。

    「さーて、夕飯何かな」

    そう言って沢田綱吉が敷居をくぐった。

    「って、またヴァリアー出たぁあああ!!」
    「ヴァリアーですって!?」

    悲鳴を上げ部屋から出てくる沢田綱吉の言葉に、項垂れていた頭を上げる。ボスがいるというならこんな姿を見られる訳にはいかない。沢田綱吉同様、カナタが表情を歪めるが、ヴァリアーの姿を確認した彼女の顔は、途端にぽかんとしたものに変わっていた。
    そこには確かに見覚えはあるものの、カナタの知っているヴァリアーではないヴァリアーの面々が座っていたのだから。

    「来たか!カス共!!……ってう゛お゛ぉい!マーモンにカナタじゃねえか!てめぇら!何うちの女とガキ拉致ってやがんだぁ!」
    「っつーか、マーモンはともかく、カナタ若くね?」
    「多分、女湯にいたから10年バズーカから逃れてたんじゃなあい?」

    妙に大人っぽく、妙に色っぽく変化している彼らのそれは、どうやら10年バズーカの影響らしい。

    「ちょっと沢田綱吉。どういう事よ」
    「いや、さっき風呂場で10年バズーカが暴走して……でも何で5分以上経ってるのに戻ってないんだろう」
    「きっと10年バズーカの故障のせいじゃないですかね?」

    沢田綱吉と獄寺隼人が難しい顔をして唸り出した。しかし、自分で聞いておいてなんだが、今のカナタにはそんなのどうでも良かった。
    何故なら今、彼女の視線は一点に集中していたからだ。涼しげな表情でコーヒー牛乳を飲んでいる浴衣姿の彼。最早カナタの瞳にはその男しか映っていない。
    さらさらと流れる艶やかな黒髪、切れ長の瞳、浴衣から覗かせるその逞しい体。どこをとっても素晴らしい。現在の彼ももちろん素敵だが、10年後の彼は信じられないくらいに色っぽい。

    「ボス素敵……!」

    カナタの息が段々と粗くなっていく。赤かった顔もさらに色濃さを増していくのを見て、沢田綱吉一行は目を丸くした。

    「カナタさん?あの、顔色が……」

    沢田綱吉が気にかけるも時すでに遅し。カナタの鼻から大量の血液が発射され、彼女はその場で気を失った。薄れゆく意識の中「のぼせた状態で興奮するから……」と呟くマーモンの声が聞こえたような気がした。

    ***

    ふわり。頭に優しい感触。

    誰かが自分の頭を触っているのを感じる。
    ゆっくりゆっくりと髪をすいているその感触がやけに気持ちよくて、カナタは身をよじりそれに頭を押し付けた。
    気持ちが良い。出来ればもっと撫でてほしい。
    そう思っていると、手はゆっくりとそれに答えてくれる。
    気持ちが良い。
    やわやわと自分の頭を撫でるそれに身を預けていると、ゆっくりと手が下りて来た。それは頬を伝い、唇へと触れる。それは妙に気持ちいいのだけれど、何故だか落ち着かなくなってきて、カナタは弾けるように瞳を開いた。

    「起きたか」
    「は」

    視界に飛び込んできたのは自分を覗きこむ仏頂面のザンザス――まだ10年後の姿である――だった。目の前に彼がいる。それでは今自分の唇を触っているこの手は。そこまで考えたらカナタは、背筋をピンと伸ばし体を硬直させた。

    「すっ、すみません!ボス!」

    ロボットのようにがちがちの動きをしながら、慌てて体を起こそうとすると即座にデコピンが飛んできて押し返されてしまう。

    「っつぅうう……」
    「大人しく寝てろ、また倒れるぞ。鼻血女」
    「は、鼻血女……」

    両手で額を抑えつつ、カナタは目に涙を浮かべる。普通に痛い。下手したら血が出ていてもおかしくないくらいの強さだ。
    額をさすりながら辺りを見回せば、どうやら温泉前の広間にある長椅子に二人はいるようだった。少しはなれた場所にお土産屋とUFOキャッチャーが置いてあるのが目に入る。
    ていうかこの状況。頭に感じるこの暖かさ。
    どうやらカナタは浴衣姿のザンザスに膝枕されているらしい。
    ひとたび認識すれば、一気に顔へ熱が集まってくる。なんなの。どういう事なの。この素晴らしい状況は。興奮と共に鼻がむずむずしてきた所で、ザンザスがカナタのそれをつまんできた。

    「むぎゅ」
    「ざけんな、我慢しろ」

    いや、でもそりゃ無理だって。つままれた鼻が妙に熱い。ついでに言えば後頭部も。ついでについでにと、上げて行けばきりがない。とにかくザンザスに触れている全てに熱がこもっているように感じてしまう。目を回してしまいそうだ。出来ればずっとこうしていたいけど、このままだと死んでしまう気がする。
    目を逸らした方が今の自分には良いと分かっているものの、カナタの瞳は自分の鼻をつまんでいる男に釘づけになってしまう。先程よりも全然近いその距離にくらくらしてきた。至近距離で見る彼はやはりセクシーで。火傷の後も、厚めの唇も、少し伸ばされた黒髪も、赤い瞳も、ごつごつした手も。全てがパーフェクトだった。

    「何をじろじろ見てやがる」
    「あっ、いや、すみません」

    反射的に謝るも、どうやらザンザスは怒っている訳ではないらしい。寧ろ機嫌は良いようだ。口の端を上げて、カナタを見下ろしている。
    その表情に目を奪われていると、ザンザスが鼻から手を放した。今大量に血を流し気絶する訳にはいかないので、即座に自らの手でガードの緩んだ鼻をつまむ。

    「……テメェは本当、鼻血ばっか出すな」
    「うう……すみません」

    全部全部貴方がエロイせいです。と言ってやりたかったが、殴られそうなので止めておく。

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