「ちょっと!?毒蠍!?」
「あら、ヴァリアーのカナタじゃない」
「何でボンゴレのアンタ達がこんな所にいるの!」
「だってここ、ボンゴレの旅館だもの」
「うっ、そりゃそうだけど!」
人差し指をぶんぶん振り回しながら突きつけ、カナタは眉をひそめる。なんだって良い気分の時に沢田綱吉の取り巻きと顔を合わせなければならないのか。
カナタが苛々とする中、相手はさしも気にした様子はなく穏やかな表情のまま、体を流し露天風呂へと入ってくる。
「カナタさんはどうしてこちらにいらしたんですか?」
「ちょっと、沢田綱吉の女がきやすく私に話しかけないでよ!」
「はひっ!ハルの事ツナさんの女だなんて!もー!やっぱりそう見えちゃいます!?」
文句を言ったというのに、三浦ハルは喜び出す。その反応にカナタの眉間の皺はますます濃くなった。
「今日はボンゴレファミリーの修学旅行で遊びに来てるんですよねー!京子ちゃん」
「うん、リボーン君に誘われて日本一周してるんだよね。カナタさんはどうしてこちらに?」
「うちは慰安旅行で……って、ちょっと待ってよ!ボンゴレの修学旅行って事は沢田綱吉も来てる訳!?」
「当たり前じゃない。ボンゴレの修学旅行だもの」
ビアンキの返答を聞き、むぎゃあああ!と奇声を上げカナタが頭を掻き毟る。不安定になった膝の上でバランスを取りつつ、マーモンは溜息を吐いた。
「あんまり怒ってると皺が増えるよ」
「まだ皺なんてないわよ!マーモンのバカ!っていうか、マーモンは何でそんな落ち着いてる訳!」
「金にならない事で労力を使いたくないからさ」
そりゃなんともマーモンらしい意見だ。
何だか騒ぎ立てるのも馬鹿らしくなりカナタは眉間の皺を撫でつつ、暴れるのを止めた。もうどうにでもなれ、だ。
「わあカナタさん、肌綺麗ですね」
「ちょっと、触らないでよ、笹川京子!私に触って良いのはボスだけなんだからね!」
「はひっ!カナタさんとヴァリアーのボスさんって、そういう関係なんですか!」
「…………そういう関係になる予定よ!」
「じゃあまだ片思いなのね」
「うるさい!毒蠍!!」
「はひっ、部下と上司のロマンス……素敵です!」
そうこう騒いでいたせいで、カナタ達は男湯が大騒ぎになっている事等、微塵も気づきはしなかった。
***
「ううう……」
「まったく、意地を張って温泉に長くつかってるからこうなるんだよ」
壁に手をつきながらよろよろと覚束ない足取りで歩くカナタにマーモンは冷やかな視線を寄越す。ふらつく彼女の顔は真っ赤だ。それだけでなく浴衣から覗かせる素肌も全て赤く染まっている。全身茹で蛸状態。完全にのぼせきっていた。鼻血が出ないのが不思議なくらいだ。
「……仕方ないじゃない。ボンゴレの奴らと仲良く一緒にお湯から上がる訳にはいかないもの」
「だったら先に上がれば良いのに」
「何で私があいつらの為にさっさとお風呂から上がらなきゃならないの」
「本当意地っ張りだね」
そう言って、ふわふわと肩元に浮いているマーモンが水の入ったコップを差し出してくる。カナタはそれをありがたく受け取り、一気に飲み干した。喉が潤う。しかしまだ本調子ではないので、夕食前に一旦部屋に戻って涼もう。
「ああああ!テメェはヴァリアーのカナタじゃねえか!」
「うわあ!またヴァリアー出たぁああ!」
何やらいけすかない声に振り返れば、そこにはボンゴレ10代目沢田綱吉とその守護者である獄寺隼人、山本武、笹川了平、ランボの5人が立っていた。彼らも風呂上がりらしく、浴衣を観に纏っている。
「げっ!沢田綱吉!?……って、またって何よ、またって!さてはアンタもうボスに会ったのね!」
思いっきり顔を歪めて大声を張り上げるも、途端にふらふらとしてしまい壁に手をつく。まずいまずい。何だか酸素が薄い気がする。
「大丈夫か?何か全身赤いけど」
心配そうに山本武が覗きこんで来るのを睨みつけるも、焦点が定まらない。これは本格的にヤバイかもしれない。
「温泉につかりすぎてのぼせたんだよ」
返事をしないカナタの代わりにマーモンが口を開くと、途端に獄寺隼人が吹き出した。
「なんだそれ!だっせえ!」
「ちょっと、獄寺君、笑っちゃ悪いよ」
こんのクソスモーキンボムめっ……!
カナタは怨念のこもった表情で獄寺隼人を睨みつける。今すぐにでも殴りかかりたかったが、立つのも億劫な状態ではそれも無理な話だった。忌々しい。全くもってこのガキ共は忌々しい。
「肩貸すよ。部屋何処だ?」
「いらない」
「そうも言ってられんだろう。今すぐにでも倒れそうだぞ」
山本武と笹川了平に囲まれ、返す言葉のなくなってしまったカナタはうぐぐと言葉をつっかえさせる。このまま好意に甘えてしまっても良いかと思ったけれど、やっぱりヴァリアーの幹部としてはそれは許されざる行為だ。
「構わないで。私の部屋までアンタ達を連れ込みたくない」
「ああ!?っつーか、もう良いだろ、山本。こんな女ほっとこうぜ」
「もー、獄寺君。そうもいかないって。えーっと、俺達今から夕食なんだけど、ひとまずカナタさんも俺達の宴会場に来る?そこで何か飲んで休んで、動けるようになったら部屋に戻れば良いし」
「し、しかし10代目!」
「折角だけど、けっこ「分かった。そうしてくれるかい」
「ちょっとマーモン!」
獄寺隼人とカナタが非難の声を上げるも、最早流れは決定してしまったらしい。二人の意見など聞かず、山本武と笹川了平がカナタに肩を貸し歩き始める。まるで捕らえられた宇宙人のような状態にカナタはめまいがした。
軽くマーモンを睨みつけるも、だって仕方ないだろう、と言わんばかりに肩を竦められる。確かに自分のまいた種ではあるが、沢田綱吉達の手を借りてしまうとは、情けないにも程がある。
自分の失態を恥じつつ、泣く泣くカナタはボンゴレの子供たちに引きずられていくのであった。