「さてと」
暫く皆と騒ぎながら寛いだ所で、カナタが立ちあがった。
「どうしたぁ」
テレビのチャンネルをがちゃがちゃと回しながらスクアーロが顔だけカナタに向ける。カナタはふすまを通り抜け自分の部屋へと戻ると旅行鞄を漁りだした。
「そろそろ温泉に行こうかと思って。ここ露天風呂なんだって早く入りたくて仕方なくてさー」
「じゃあ私も行こうかしらん」
「王子も」
自然と皆立ち上がり温泉へ行く支度を始める。それはどうやらザンザスも同じようで、椅子から腰を上げていた。しかし妙なのが、その横で何故かザンザスの椅子を抱えているレヴィだ。まさか風呂にまで椅子を持ち込むつもりなのだろうか。気になったものの、カナタでは確認のしようがないのが悔しい。男湯に入っていくわけにもいかないのだ。いや、別に怒られないならガンガン入りに行くけど。まあそれはさておき。
風呂上がりの浴衣ボスさえ拝めれば、もう何でも良い、とカナタは思った。寧ろ今回の旅行はそれが目的でありメインディッシュであるのだから。
鞄を漁る手を動かしながら、カナタはこれからの展開に思いをはせ一人にやついた。
***
「うわー、広い広い!最高!やっぱ露天風呂は良いわ!すっごい解放感!」
「素っ裸で走り回らないでよ。恥じらいってものはないのかい。あと転んでも知らないからね」
タオル等一切身につけず、走っていくカナタを見てマーモンが呆れた様な声色で漏らした。彼女とは対象的に彼はがっちり防御といった様子で、ターバンのように頭に巻かれたタオルはしっかりとその顔を隠しているし、腰回りにもきちんとタオルを巻いている。
「カナタ。温泉に入る前に体を流さなきゃ駄目だよ」
今まさに風呂の中へと飛びこまんとしていた所をマーモンに引きとめられ、渋々といった様子でカナタは踵を返した。これではどちらが大人なのか分からない。いや、年齢だけで言ったらマーモンの方が年上ではあるのだが。
そうしてマーモンと並んでせっせと体を洗い流し始めたカナタだが、意識は他の方へといっているようだった。手を動かしながらも、女湯と男湯を仕切る壁の方向にせわしなく顔を向けている。それを横から見ていたマーモンは、釘をさすようにぴしゃりと言い放った。
「駄目だからね」
「えっ、私まだ何も言ってない!」
「言わなくても分かるよ。君の事だから覗きに行こうとでも言うつもりだろ?」
「チッ、バレてたか」
「普通逆だよね。男が女湯覗くのが普通なのにどうしてうちの組織は女が男湯覗こうとするんだろう」
「そこにボスがいるからよ。ボスが女湯にいれば私別に覗かないし」
「それはそれで大問題だよ、カナタ」
そう言い終わると同時に、マーモンの頭上からお湯が降ってくる。むぎゃ!とマーモンが小さい悲鳴を上げると、してやったりの顔をしたカナタが視界に入った。
「さ、体も洗い終えた事だし、温泉はいろっ」
「ちょ」
っと待って。とマーモンが最後まで言い終える前に彼の体はカナタの手中に収まってしまう。なんともマイペースな女だ。カナタに抱きかかえられながら、マーモンは心の中でそう独りごちた。
「いやあ、気持ち良いわあ。仕事の疲れも癒えるよね」
温泉に肩までつかり、息を漏らす。膝を立てて座り、溺れないようにマーモンをその上に乗せれば彼も表情をほころばせた。
「まあ、悪くはないね」
素直じゃない物言いではあるが、気に入ったようだ。気持ちよさげな表情で息をつく様が可愛らしい。
そのままカナタが目を閉じ、両腕を伸ばして体をほぐしていると、女湯の出入り口の戸がスライドした。どうやら自分たち以外にも客が来ているらしい。
「はひー!素敵です!京子ちゃんとビアンキさんも早く来てください!」
「わー、広いね、気持ちいいなあ」
「解放感があっていいわね」
賑やかな声が耳に入って来た所で、カナタは目を見開いた。今のが幻聴でなければ、聞き捨てならない単語が聞こえたからだ。