山奥に佇む一軒の旅館。外装は古めかしく、いかにも安っぽいその佇まいは客を迎えるにはあまり宜しい物とは言えない。
    その旅館の前を、麗々しい黒塗りのキャデラックリムジンが止まった。あまりにもその風景に不釣り合いなリムジンから降りて来たのは、やはり場違いとしか言いようのない面々だった。なんせそれは黒服に身を包んだ暗殺集団なんだからたまったものではない。

    「ついたー!すっごい、山奥!」

    きゃあきゃあと甲高い声を上げながらカナタは車を飛び出した。その腕の中にいるマーモンが、耳元で騒がないでくれる、うるさいよ、と眉をひそめる。

    「っつーか、すっげーおんぼろじゃん。何コレ、マジ?」

    そんな二人の後をだるそうに歩いていたベルがぼやく。言葉の割には表情は柔らかいので、嫌という訳ではないらしい。カナタと並んで物珍しげに旅館周りを物色している姿からすると、楽しんでいるようでもある。

    「う゛お゛ぉい!カナタ!ベル!自分の荷物は自分で運びやがれぇえ!」
    「っるせえ、カス」
    「がっ!行き成り人を蹴飛ばすんじゃねぇえ!クソボス!」
    「長時間車に乗ってお疲れのボスに文句を言うな!お前は黙って蹴られていろ!」
    「ああ!?っんだとレヴィ!だったらテメェが」
    「あー、もう!はいはいはい!折角の旅行なんだから喧嘩しないのっ!」

    車を降りた途端に喧嘩を始めるスクアーロ達をルッスーリアがとがめた。尚も文句を言おうとするので、そのまま背を押して歩かせる。放っておくと直ぐに喧嘩を始めるのだから困りものだ。
    そんな駄目な大人達とは対照的に。子供なベルとぎりぎり子供なカナタと見た目は子供頭脳は大人なマーモン達三人は、旅館の前で平和に語らっていた。

    「盆碁霊温泉旅館だって、すっごい当て字ね」
    「だっせー」
    「ちょっと、ボンゴレの所有してる旅館なんだからそんな事言っちゃダメでしょ」

    でも確かに、この当て字はちょっと酷い。これがボンゴレの旅館でなければ、好き好んで泊まろうとは思えない名前だ。
    これでは一般の客はこないのではないだろうか。まあ、そちらの方が彼らにとっては好都合ではあるのだが。

    ふと、そこまでずっと黙っていたマーモンが、カナタの腕の中で溜息をついた。

    「こんなくだらない事に金をさくなんて愚劣の極みだよ。仕事で訪れる際に都合の良い場所を選べばまだ良いものの、こんな山奥じゃ行動し辛いったらないよ」
    「とかいってついて来てんじゃん、マーモン」
    「カナタに無理やり引っ張られて来たんだ。僕の意思じゃない」
    「だって、マーモンいないと寂しいんだもん。やっぱこういうのは皆で来なくちゃ」

    不満そうに呟くマーモンを抱きなおし視線を合わせてカナタは笑う。完全に赤ん坊扱いの態度に呆れてかマーモンは反論するのを止め、そこで黙った。

    「それに、マーモン抜きじゃ温泉に一人で入る事になるじゃない。そんなの寂しいから絶対NGよ」
    「お前マーモンと一緒に風呂入る気かよ」
    「良いじゃん、赤ちゃんなんだし」
    「良くないよ。僕は見た目は赤ん坊だけれど中身は」
    「良いよ。見た目赤ん坊なら。女湯連れてけるし。流石に私が男湯入ったら怒られちゃうじゃない?」

    君に倫理的観念はないのかというマーモンのツッコミは華麗にスルーして、カナタはさっさか旅館へと入っていく。とりあえず入り口でたむろしていても仕方が無いので他の面々もそれに続いた。

    「う゛お゛ぉい、マジか。中も安っぽいぞぉ」
    「そうかしらん、なかなか趣があって良いんじゃなぁい?」
    「ぬう、ここまで来ると趣とかそういう問題ではないような気がするが……」
    「どけ」

    玄関先で動揺するスクアーロとレヴィを押しのけ、ザンザスも中へと踏み込んでくる。

    「ボス」

    そのまま土足で上がろうしたのを見て、カナタは慌ててザンザスの腕を掴み引きとめる。なにすんだテメェとでも言いたげに睨み付けられるが、どうと言う事はない。むしろ興奮する。まあ、それはともかくカナタは不満そうなザンザスに言葉を続けた。

    「ここお座敷だから靴は脱いでスリッパでお願いしますね」
    「めんどくせぇ」
    「多分、靴履いてる方が面倒になりますよ。手伝いますからさっさと脱いじゃいましょう」
    「どけっ!カナタ!ボス、俺が手伝ってさしあg」
    「ちっ、構うな。自分でやる」

    息粗く提案するレヴィの発言を制止し、ザンザスはブーツを面倒臭そうに脱ぎ始める。まあ編み上げブーツだから面倒臭がるのも仕方ない。せっせとブーツを脱いでいるザンザスを見て、カナタは瞳を輝かせた。これはなかなかにレアな光景だ。出来れば写メでも撮っておきたいが流石に蹴られなので我慢する。
    仕方なくそのままギラギラとした眼つきで眺めていると、ベルがコートの裾をぐいぐいと引っ張って邪魔して来た。

    「手が空いたなら王子の脱がせろよ。めんどすぎってやってらんね」
    「何で私がベルのブーツ脱がさなきゃなんないのよ」
    「だってお前召使じゃん」
    「何ソレ違うし!」
    「お前車ん中で何度も王子にカード負けてんじゃん、召使決定」
    「ちょっ、それは関係ないでしょ!」

    カナタの話など聞く耳持たない様子で、足をばたつかせるベル。車の中で散々負かされた事を蒸し返された為イラついたのか、カナタのこめかみがぴくぴくと震える。そのまま怒りに任せてカナタが腕に抱きしめていたマーモンを握りしめ、ぎりぎりと歯ぎしりを立て始めた。むぎゅむぎゅと苦しそうにマーモンがばたつき始めたので慌ててルッスーリアが仲介に入る。

    「あーもー、カナタ!ベルちゃん!喧嘩は駄目って言ってるでしょう!ベルちゃんのブーツは私が脱がせてあ・げ・る・か・ら!」
    「キモイ。寄るな、オカマ」
    「んまっ、イジメちゃいやん!」

    寄ってくるルッスーリアを蹴飛ばし、渋々といった様子でベルがブーツを脱ぎ始めた。そう言えば彼も編み上げブーツだ。ついでに言えばスクアーロとルッスーリアもそうだった。何でこの暗殺部隊には編み上げブーツの人間が多いのだろうか。
    いち早く靴を脱いでいたカナタは、同様にスリッパにはきかえたレヴィへと体を向けた。

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