「こんな所にいやがったのか、スクアーロ……!」

    どうしようか考えあぐねていた所で、邸内から裏庭へと続く扉から激高した声が響いた。その場にいたバジル以外の人間の動きがぴたりと止まる。

    「ザンザス殿?」

    バジルが呟くと同時に、スクアーロの後頭部に花瓶がクリーンヒットした。スクアーロを激しい痛みが襲うと共に、宙に花と水が舞う。

    「ス、スクアーロ殿!大丈夫ですかっ」
    「ああ、バジル君、良いの良いの。危ないから離れて」

    よろけるスクアーロに駆け寄ろうとするバジルをカナタが止めに入る。そうやっている間に、ザンザスはスクアーロの目の前まで来ていた。頭を押さえながらスクアーロがザンザスに向き直り睨みつける。

    「う゛お゛ぉい!何すんだ!クソボス!!」

    怒鳴れば、今度は蹴りが飛んでくる。一体なんだというのだ。目を白黒させつつ、スクアーロは体を起こした。

    「テメェ、何だその口の聞き方は。俺が仕事だと呼んだのに、こんな所で何油売ってやがんだ!?ああ!?」
    「……ああ゛っ!?」

    あ。そう言えば。
    そうだった、一時間くらい前に呼び出されて、執務室へ向かおうと思っていたらバジルにあったのだ。10分程度で片付くだろうと思っていたのに、気がつけば……。
    何という失態。普段ならありえない。とはいえ、完全に非はこちらにある。言い訳出来る状況ではない。

    「わ、悪ぃ!今すぐ」
    「テメェはもう良い。ベル、カナタ」
    「え、は、はい!なんでしょう、ボス!」

    ザンザスに呼ばれ、弾けるようにカナタが姿勢を正した。名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、目を見開いて頬をほんのりと赤く染めている。

    「今すぐ来い、仕事だ」
    「はい!行きます!今すぐ!」
    「しししっ、りょーかい」

    それだけ言うと、ザンザスは再びスクアーロに蹴りをかました。一瞬視線をバジルへと這わしたものの、特に興味もないのか、そのまま邸内へと足を進ませる。ベルは待ってましたと言わんばかりに、足を弾ませザンザスの後を追った。

    「そういう訳だから、ごめんね、バジル君!また今度話しましょ」

    両手を合わせて詫びると、カナタは今にでもスキップし出しそうなくらいに、浮かれた様子でバジルに背を向けた。ザンザスの後を追う彼女の周りには、花が舞っているかのような錯覚さえするくらいだ。色気も何もない用事で呼び出されたというのに、これだけ浮かれる女も珍しい。

    「スクアーロ殿、大丈夫ですか」
    「あ、ああ」

    そうスクアーロに声を掛けてくるバジルであったが、その表情は暗く、お前こそ大丈夫なのかと問いたくなった。そりゃそうだ。カナタに惚れているのだから、こんな展開喜べるはずもない。
    ぼんやりとカナタの背を見つめるバジルに、掛ける言葉もなくスクアーロは頭を掻いた。ついでに言えば、自分だって辛い。仕事を忘れた上、お役御免とは情けが無い。
    スクアーロが無意識のうちに溜息をつくと、バジルがうわ言のように呟く。

    「スクアーロ殿はいつもこのような気持ちで二人を見ているのですね」
    「…………あ?」

    いまいち言っている意味が理解出来ず、スクアーロは眉をひそめた。

    「カナタ殿がザンザス殿に思いを寄せているのは知っておりましたが、実際に目の当たりにすると辛い物がありますね」

    ああ、なるほど。って、待て。
    スクアーロはバジルの横顔を睨みつける。

    「言っておくが、俺はお前とは違うぞぉ」

    この言葉に嘘偽りはない。大体嘘をつく必要もない。ザンザスとカナタがくっつこうがくっつかまいがスクアーロには関係ない。うん、関係ない、断じて。
    しかしバジルは爽やかな笑顔を向けて言うのだ。

    「そうですか」

    と。
    え。この子絶対勘違いしてる。
    この状況じゃ、まるで俺が強がってるみたいじゃね?
    しかしこれ以上何を言っても、自分がみじめな気持になりそうだったので、スクアーロはそこで黙る事にした。
    結局骨折り損のくたびれ儲けじゃねえか。
    スクアーロは忌々しげにそう独りごちた。


    その一件以来、スクアーロはバジルに恋のライバルみたいな目で見られるわ、家光と会うたびににやにやとした笑みを浮かべられるようになるわと、散々な目に合っているとかなんとか。

    (2011.05.22)
    *何コレ……ゆ、夢……?

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