「カナタちゃん、お、落ち着け!どうどう!」

    そんな中、最初に我に返り動いたのはシャマルだった。
    優しくカナタの抱き、背中を撫でる。カナタはシャマルに必死にしがみつき、嗚咽を漏らし泣き続けている。腰が抜けてしまったのか、立ちあがる事も出来ないらしい。
    その姿はまるで、年端もいかぬ穢れの無い小さな少女のようだった。普段の奇行を繰り返す姿など、到底結びつかない。

    「う゛お゛ぉい、こ、これはだな。色々訳があってよぉ!」
    「そ、そうなのよ、ボス!ちょっとカナタったらおかしな薬飲んじゃって」

    遅れて我に返った二人が慌ててザンザスとカナタの前に割って入る。もう殴られようが銃で撃たれようが仕方ない。今のカナタと彼を引き合わせてはならないと固く思った。

    「…………」

    しかし、ザンザスは微動だにしない。

    「ボス?」

    マーモンが首を傾げる。目の前で手を振ってみるも、彼は全く動かなかった。目を見開いて、完全に止まっている。同様にレヴィも後ろで停止していた。

    「駄目だ、放心状態だよ」
    「やだ、ボス。そんなにショックだったの……!?」
    「ま、まあ確かにあれは色んな意味でショックではあるがぁ……」

    それにしても珍しい。確かにあの光景は精神的ショックを与えるのには充分な物ではあったが、あの暴君がこんな反応を見せるとは。そう思ったものの、万が一自分が彼女にこのような態度を取られたら同じように動揺するだろうとスクアーロはすぐ考えを改めた。事情を知っていた状態で、第三者の目から見ても、あれは衝撃的な光景だった。そりゃもう、色んな意味で。
    こんな事ならば、カナタがザンザスに対してもむき出しの殺意を向けていてくれた方が、大暴れ出来る分彼にショックを与えずに済んだのかもしれない。


    「きゃあああああああああああ!?なんでシャマルがこんな所にいるのよ!触んないでいやああああああああ!!!」

    三人がザンザスに注意を取られていたら、背後でカナタが悲鳴を上げた。それと同時にシャマルが壁に叩きつけられる。

    「ちょっと、やだやだやだ、なんなの!?意味が分からない!目が覚めたらシャマルの胸の中とかこれどんな悪夢?どうせなら半裸のボスと朝チュン、きゃっ!にしてくれよ!ていうか、私何で泣いてる訳!?怖っ!」
    「あらまあ、良かったわ!その性的発言!カナタってば、元に戻ったのね〜!」
    「ルッス!っていうか、ちょっと、マーモン!あの後私どうなったのよ!?説明して!」

    どうやら薬の効果が切れたらしい。困惑した色が見受けられるも、その表情は先程の様子とは打って変わって明るい。
    大喜びで手を握ってくるルッスーリアに首を傾げつつも、素直に握り返している。どうやら本当に元に戻ったようだ。

    「記憶ないんだ?」
    「キレイさっぱり」

    マーモンの問いかけにはっきりと返答する。記憶が無いとは。これまたややこしい事になってしまった。赤ん坊は痛む頭を押さえた。

    「あれ!?ボス!帰って来てたんですね……!おかえりなさい!お疲れ様です!」

    視界にザンザスが入るや否や、カナタは彼の下へと駆け寄った。愛する君主の前では、状況説明等は彼女にとっては二の次らしい。

    「ボス?」
    「…………」

    カナタが可愛らしい仕草で小首を傾げて――間違いなく意識的にやっている――見せるとザンザスの瞳が動いた。二人の視線がしっかりとかち合う。
    ザンザスはそのままカナタの両肩を掴んだ。強い力で掴まれたのか、一瞬カナタの表情が歪むが、それもすぐ元に戻る。薬の効果が切れているのならば、今頃心の中では、ぎゃー!ボスに肩掴まれた!ちょっと痛い、でももっと痛くされても良い!寧ろ乱暴にして!そのまま踏んで!押し倒して!とかなんとか考えている事だろう。

    「あの、ボス、どうしたんですか……?」
    「…………」

    問いかけるも返事はなく、そのまま睨むようにザンザスはカナタを見つめる。カナタは戸惑った様子を見せたものの、質問は受け付ける気が無いというのを察したのか、大人しく口を閉じた。
    彼女を見つめる視線は、愛する者に向ける様な甘いものではなく怒りを含んだようなものだった。油断すれば、直ぐにでも噛みつかれそうなくらいだ。それでも、好意を抱いている相手に見つめられているのだ。カナタは段々と落ち着きがなくなり、困ったように視線を漂わせ顔を赤くしていく。

    「あの、ボス……ひ、非常に申し訳ないのですが、その……ええと」

    両手を胸の前に持って行き、もじもじと身をよじるも、肩から手はどけられない。顔はおろか、首まで真っ赤にし、カナタの限界はやって来た。

    ブバッ

    勢いよく鼻血を吹き出し、カナタがその場に倒れた。

    「う゛お゛ぉい!やべぇぞ!」
    「きゃああああ!流石にこの血の量はヤバイんじゃないのぉ!?」
    「おいおい、大丈夫かカナタちゃん!?」

    慌ててルッスーリアとシャマルがカナタに駆け寄る。彼女は目を回し鼻血を垂れ流しながらも「やばい、絶対孕んだ。間違いなく妊娠した」とうわ言を発している。頭は元気の様だ。これなら問題ないだろう。
    ザンザスはと言えば、無言でカナタを見下ろし、鼻血の掛かったスーツを見て舌打ちをしていた。
    そしてそのまま何事も無かったかのように玄関ホールから出て行く。少々遅れて、正気に戻ったレヴィがそれを追いかけて行った。
    あの人、何も無かった事にするつもりだ。ぼんやりとマーモンは思った。
    立ち去るザンザスの横顔はとても満足気だった。




    毒に溺れる




    (ヴェルデ。とりあえず、これは毒薬だった。それも猛毒だよ。びっくりするくらいのね)

    (2011.05.08)

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