「物騒だな。こんなとこで何してんだお前ら」

    ベルフェゴールは目の前で自分の腕を掴んでいる人物を見て、顔を歪めた。ただでさえ邪魔をされてイラついているというのに、この男がいる事で余計に胸糞が悪くなる。なんといってもそんな相手の気配を感じ取れなかった事に一番腹が立つ。

    「何でお前がここにいんの。トライデント・シャマル」
    「アルコバレーノのガキに呼ばれたんだよ。カナタちゃんと好きにいちゃいちゃしていいとかって」
    「はぁ?」

    何を言っているのだ。この男は。カナタといちゃいちゃするだって?それは無理な話と言うものだ。何故なら彼女はこの男を毛嫌いしている。女の敵!とかなんとかで、会えば殴る蹴るわの暴行を繰り返し、機嫌を損ねるのだ。
    それに今なら尚の事。彼女に近づこうものなら本気で返り討ちに合うに決まっている。
    しかしシャマルは躊躇する事無く鼻の下を伸ばしながら笑顔でカナタに向き直った。

    「やあカナタちゃん、今日もいつも通り可愛いねー」

    リップ音を立てて、頬にキスを落とす。
    ああ、こいつ死んだな。シャマルの腕を振り払いながらベルフェゴールは思った。
    妙に白けてしまった彼はナイフをしまい、事の行く末を見守ることにした。

    「ありがとう、シャマル。貴方は相変わらず元気ね」
    「は?」

    これからカナタの銃が火花を吹くと思っていたのに、カナタがシャマルに返したのは照れ臭そうな笑顔だった。その反応はシャマルにとっても意外だったのか、目を丸くしている。
    そして確認するかのようにその手をカナタの胸へ押しつけた。

    「お前何してんの」
    「確認だよ、病気だったら困るだろ」
    「しかも何で揉んでんの、何の病気の確認なわけ」
    「恋の病かもしれないだろうが」
    「死ね、そのままカナタに殺されろ」
    「ちょっと、もう。やめてよ、シャマル。ほんと助平なんだから」

    しかしその行為に不快さを露わにしたのはベルフェゴールだけで、カナタはシャマルの手を軽くどけ、苦笑した。少し困っている程度で、その様子に怒りはおろか嫌悪した気配も感じ取れない。

    「やべぇ、とうとうカナタちゃんが俺の魅力に気づいたらしい。全然怒ってない」
    「うっそ、ありえねー。マジない。なんなのこれ」
    「どうやら薬の効果は抜群のようだね」
    「おい、マーモン。これお前の仕業なわけ?」

    軽く眩暈を感じて来た所で、マーモンがやって来た。後ろにはルッスーリアとスクアーロもいる。
    今の発言からして、この異常事態はマーモンに原因があるようだ。

    「う゛お゛ぉい!何してんだ、オヤジ!!」
    「ちょっと、近寄らないでよ!ロン毛!殺すわよ!」
    「ほら、カナタちゃんもそう言ってるしお前はさがれよ」
    「とか言いながらカナタのケツを撫でまわすな!!」

    途端に賑やかになる広間に、ベルフェゴールは溜息をついて背を向けた。

    「あらベルちゃん、どこに行くの?」
    「白けたから部屋行く。シャワー浴びて寝る」
    「あらそう、お疲れ様」
    「お疲れ」

    詳しい内容を聞かない辺りがベルフェゴールらしい。
    ルッスーリアとマーモンに見送られ、つまらなそうな表情で彼はその場を後にした。

    ***

    「薬ねぇ、厄介な話だな」
    「そう。だから君にはカナタが元通りになるまで部屋に閉じ込めておいて欲しいんだけど」
    「お安い御用だ」

    玄関先で軽く説明を受けたシャマルはにやりと笑った。その背後には隠れるようにしてカナタが立っている。どうやらマーモン達を見るのも嫌なようだ。
    その様子に溜息をつきつつも、マーモンはシャマルに視線を移す。

    「しかし……君は思ったより嫌われていなかったらしい。本気で嫌われていたらもっとべったりなはずだ」
    「そりゃおじさんは女の子の味方だからな。極端に嫌われる訳ないじゃねーか」
    「よくいうよ。まあいい。そろそろ部屋に案内するよ」
    「あー、良かった。なんとかなりそうね。じゃあ私は報告書の提出用意でもしようかしらん。行きましょうか、スクアーロ」

    シャマルを案内しようとマーモンが進み始めたので、ルッスーリアはそれを見送ろうとした。が、当然のようにスクアーロがシャマル達の後ろをついて歩いたので、慌ててルッスーリアが止めに入る。

    「ちょっと、スクアーロ!ここは彼に任せておいて仕事に戻りましょうよ」
    「戻れる訳ねぇだろぉ!このオヤジと二人きりにしたら何するか分かったもんじゃねえ!俺も行くぞぉ!」
    「ちょっと、ついてこないでよ!なんなのこいつ気持ち悪い、すごく気持ち悪い、抜きん出て気持ち悪い!」
    「い、言い過ぎだろうがぁ!!」

    本気でカナタに拒絶され、ショックだったのかスクアーロはうろたえる。が、彼女から離れる気は毛頭ないようで、仕事に戻る気配はない。
    やれやれとシャマルが肩をすくめた。

    「落ちつけよ、S・スクアーロ。カナタちゃんは俺に任せてお前さんは仕事に戻れ」
    「とかなんとか言って、二人っきりになったらこいつに手ぇ出すつもりだろぉ」
    「当たり前だろ!ナンパする時間を割いて来てやってんだ。元に戻る前に良い思いしなきゃ割に合わねえ。全力でやれる所までやるぞ、俺は!」
    「う゛お゛ぉい!俺は絶対引かねえぞぉお!俺の目の黒いうちはこいつに手ぇ出すなんて許さねぇからな!」
    「心配な気持ちは分かるけど、君はなんだい。カナタの父親かい、スクアーロ」
    「薬の影響でこうなってんだ!元に戻った時に傷物にされてるなんざぁ、幾らなんでもあんまりだろうが。こいつのザンザスへの」
    「ちょっと止めてよ!!!」

    ザンザスという単語を聞いた瞬間、カナタは耳を塞いで悲鳴を上げた。その場にいる面々は驚いた様子で彼女に視線を移す。

    「その名前は口にしないで!いやいやいやいやいや!名前を聞くだけで鳥肌立ってきちゃったじゃない!最悪!」

    わなわなと震え、青ざめ、極めつけには目に涙を浮かべ、カナタは訴えた。その腕には本当に鳥肌が立っているのだから笑えない。

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