「ごちそうさまでした」
「ワオ、早いね」
箸を置いて口元を拭いていたら、雲雀君が少し驚いたようにこちらを見た。
そりゃもう、全速力で食べましたから。早いのも当然です。
続いて私は、お弁当箱を手早く片付ける。食事中に大分涼んだ事だし、もう充分だ。今はもう彼の気が変わらないうちに、早く立ち去りたい。
「まあまあ、良いじゃねーか。もう少しゆっくりしていけよ。俺は幾らいてくれても構わねーんだぞ」
「リボーン君、自分の家のように振る舞うのはやめようね」
私が言えば、リボーン君は舌をぺろっと出して見せる。おまけに「てへっ」とか自身で言うものだから困りものだ。馬鹿にしているのだろうか。
「じゃあ、私そろそろ……」
そこまで言った所で、応接室のドアが叩きつけられるように勢いよく開いた。壁に叩きつけられたドアの衝撃で、びりびりと体にまで振動が伝わってくる。
くわえて応接室内に響き渡る大きな音。
それらにびっくりして、私はお弁当箱を落としてした。
「雲雀! 食後の運動に俺と勝負だ!」
「りょ、了平君!?」
「ん? なんだ、ソラもいたのか」
応接室へと殴りこんできたのは、了平君だった。何だかこのパターンも慣れて来た気がする。
伺うように雲雀君へ視線を向ければ、彼はしかめっ面になっていた。
「また来たの」
「おう! 来てやったぞ!」
「呼んでないよ」
「応接室は極限に涼しいな!」
「勝手に入らないでくれない」
「冷房が利きすぎだぞ、これでは体を壊してしまう」
「勝手にリモコンをいじらないでくれる」
何だかとんとんと会話を始める二人。勝負だとか言っていたけれど、戦いを始める様子はない。
「っていうか、また来たのって……え、了平君しょっちゅう来るの?」
雲雀君に問いかければ彼は眉を思い切り寄せた。どうやらしょっちゅう来るらしい。家にまで押し掛けていたのだ。応接室に来ていてもおかしくはない。
もしかして、この二人。仲が悪い仲が悪いと思っていたけれど、ここまで来ると存外仲が良いのではないだろうか。
「何笑ってるの、沢田ソラ」
「ごめんなさい」
冷ややかな視線が向けられて、即座に謝ると雲雀君は不機嫌そうな顔はそのままに、了平君へと視線を戻した。
「沢田ソラ」
「え、あ、何?」
「さっさとアレを連れて行ってくれない」
アレ――いうのは紛れもなく了平君の事だろう。雲雀君の視線の先を追えば、了平君が不思議そうに私と雲雀君を交互に見ている。
もしかして雲雀君。私の事を笹川了平係か何かかと思っているのではないだろうか。そんな気がする。
溜息が出そうなのを押さえて、私は落としたお弁当箱を拾った。
「了平君、出よう。雲雀君、これから委員会のお仕事があるんだって」
「なんだ、そうなのか」
「また来いよ」
「いや、ここ応接室だから。それはリボーン君の台詞じゃないから」
言えば再びリボーン君が舌をぺろりと出した。腹立たしい。
了平君がドアを開いたので、私は慌ててその後を追った。
リボーン君が肩に飛びついてくるので、手を引いて抱きかかえる。私はリボーン君を肩に乗せられるほど肩幅は広くない。
振り向いて雲雀君を見れば、彼は「またね」と微笑んだ。恐らく私ではなくリボーン君に対して言っているのだろう。それに対して、リボーン君はにやりと笑って手を振った。
軽く会釈をしてから、私は応接室から出た。
応接室を出ると、了平君が思い切り伸びをしている所だった。その背中を眺めながら、思わずにやけてしまう。
最近、雲雀君と一緒にいる事が増えたが、同時に了平君の傍にいる時間も増えていた。どうにもこうにも、了平君と雲雀君は遭遇率が高い上に、了平君の方から飛び込んでくる事も多い。雲雀君はそれが好ましくないらしく、大抵は私に了平君を押しつけ立ち去るか追い払って来る。その為、私は自然と了平君と一緒にいる事が多くなっているのだ。
雲雀君こわいこわいって思っていたけれど、私にとって彼はある意味幸運の神様なのかもしれない。
「雲雀と飯を食ってたのか」
「え?」
いつの間にか了平君が振り返っていて、私の腕の中でお弁当箱を持っていたリボーン君に視線を向けていた。
「ああ、うん。雲雀君とっていうか、私が一人で勝手に食べていただけというか」
「そうか」
返事とは裏腹に、了平君は難しい顔をしている。
「どうしたの?」
「何がだ」
「いや、だって、何か眉間に皺が寄ってるよ」
私は自分の額をとんとんと叩いて見せる。
了平君は不思議そうか表情で、自身の眉間を撫でながら続けた。
「いや、なんというか。最近ソラと雲雀が一緒にいる所をよく見るからな」
「うん」
「仲が良いのは良い事だよな」
「うん?」
いまいち了平君の言いたい事が分からない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、了平君が神妙な面持ちで私を見てくる。訳が分らないものの、正面から真っ直ぐ見つめられて私の心臓は弾んでしまう。
「ソラ」
「う、うん」
「その、もしやお前、雲雀と」
そこまで言って、了平君は押し黙った。何かを言いたげに口を開くものの、言葉は出てこず、口を閉じたり開けたりを繰り返している。
なんなんだ一体。どうしたっていうんだ。了平君らしくもない。
「その、だな!」
「うん」
再び沈黙。
そうしている内に、段々と了平君の顔が赤くなっていく。
何故。どうして。さっぱり状況が理解できない。
意味が分らないものの、顔が赤い了平君を前にしていたら、段々と恥ずかしくなってきた。少しずつ、自分の頬に熱が集まってくるのを感じつつ、了平君の言葉を待つ。
「ぐっ……だあああああああああ!」
「うわあ、ど、どうしたの、了平君!?」
顔を赤くしたかと思えば、了平君は目をぎらぎらと燃えさせながら両手を上げて吠え始める。いよいよもって、訳が分らない。
「昼休みもまだまだあるから俺は校内をランニングしてくる!」
「えっ、でも、今何か言おうと」
「じゃあな! ソラ!」
「ちょっと、了平君!?」
呼びとめる私の声も届かず、了平君は廊下を走り去ってしまった。
「なんなの……」
取り残された私は呆然とするしかない。
私と雲雀君が何だって言うんだ。
私と雲雀君が……。
あれ。
なんだろう。
猛烈に嫌な予感がする。
いやいやまさか。いや、そんな。
まさかねえ。
「まさかも何もそれしかねえだろ、現実から目を逸らすな」
そう言ってリボーン君がお弁当箱で私の顎をド突いた。っていうか、勝手に心を読まないで欲しい。
いや、違う、そんな事よりも。
「待って待って待って! つまり、了平君は私と雲雀君がその、えっと、恋仲っぽい感じに勘違いしてるとか言うつもり!?」
「それしかねえだろ」
「ねえだろって」
腕の中でリボーン君がふんぞり返る。
「日曜日に雲雀の部屋に遊びに行く。それ以降毎日のように雲雀と会話する。さらには応接室に通して貰って昼食を共にする。あの雲雀が特定の女を傍に置いてるんだぞ、勘違いもするってもんだ」
「いやいやいやいや、大体それ、全部リボーン君のせいじゃん!」
「こうなるとは思ってなかったんだもーん」
ぷくうとリボーン君の両頬が膨らむ。一瞬可愛いなんて思ってしまった自分が恨めしい。
「っていうか、その言い方にその態度、こうなるって分かってたんじゃないの……?」
「赤ん坊に惚れたはれたの話が分かる訳ねーだろ。何言ってんだお前」
「急に赤ん坊アピールしないでよ!」
塵も積もれば
(2012.9.17)