「あー! ツナさんのお姉様!」
「へ?」
甲高い声に振り向けば、後ろにポニーテールの女の子が立っていた。あの名門緑中の制服を着ている彼女は、以前会った事がある。
「えっと、確か、三浦さん?」
「はひっ、ハルの事、覚えてくださってたんですか! 嬉しいです!」
「忘れる訳ないよ。緑中の生徒さんな上、うちのツナの事……」
好きな子なんだし。という言葉を慌てて飲み込む。行き成りこんな事を言うのも失礼だ。
しかし三浦さんは私が何を言おうとしたのか分かったのか、顔を真っ赤にして騒ぎ出した。
「ぎゃー! そんな、止めてくださいよー! ハルがツナさんにフォーリンラブだなんて、照れちゃいますう!」
「え、いや、そこまでは言おうとしてないけど」
「でもでもー、紛れもない事実だから仕方ないですよね!」
「そ、そっかあ……」
勢いに気圧されて、それしか言葉が出てこない。何と言うか、凄い。勢いが。
もしかして、周りから見た感じでは、私も三浦さんみたいなノリなんだろうか。
――いや、それはない。絶対ない。
確かに、リボーン君やビアンキさんに速攻気持ちがバレたりはしているけれど、私はここまで大っぴらに騒いではいないはずだ。多分。
「あの、お姉様」
「ソラで良いよ、三浦さん」
「分かりました! ではソラさんもハルの事、ハルって呼んでください」
「うん。じゃあ、ハルちゃんって呼ばせてもらうね」
「はい!」
元気の良い返事と共に、笑顔が戻って来た。賑やかな子だなあ。こっちまで気持ちが明るくなってきちゃう。
「それでですね、ソラさん。折角ですし、ハルとお茶して行きませんか?」
ハルちゃんがキラキラとした瞳を向けて来る。
こちらとしては特に断る理由も無い。ので、当然私の答えはYESだ。
「やったあ! じゃあ、並盛商店街にある、喫茶店に行きませんか! あそこのケーキすっごく美味しいんですよ!」
ハルちゃんが笑顔で私の腕を引いて歩きだす。
凄いパワーのある子だなあ。とか思いながら、私は彼女に促されるまま歩を進めた。
「ところで、ソラさん……何か悩み事でもあるのでしょうか」
ハルちゃんは先程テーブルに届いたキャラメルラテをかき混ぜながら言った。
私は、アイスティーにミルクを入れる手を止めて、ハルちゃんをまじまじと見る。
「どうしたの、急に」
「あっ、ハルの勘違いだったら良いんです。ただ、さっき歩いてた時、ソラさん、難しい表情だったので気になってしまって」
「あー、そっかあ……」
ぐるぐるとアイスティーをかき混ぜる。マドラーが氷とぶつかり合い、からからと乾いた音が響いた。
「ごめんなさい、差し出がましい事を聞いてしまって」
「謝らないで。別に怒ってる訳じゃないよ」
肩を落とすハルちゃんにそう声を掛ける。
もしかして、これはチャンスなのではないだろうか。
ハルちゃんなら、いつも並盛中学にいる訳じゃない。了平君と親しいようにも見えない。おまけに絶賛片思い中の女子だ。恋愛相談するなら格好の相手とも言える。
「あの、ハルちゃん」
「はひっ、なんでしょう!」
ハルちゃんが背筋を伸ばし、真剣な表情を作る。
「ツナの事好きなんだよね。あの、どんな感じ?」
「えっ?」
私の言葉にハルちゃんは右手で赤い頬を押さえて、もう片方の手をぶんぶんと振った。
「きゃー! なんて事聞くんですかー! でもでも、ソラさんはツナさんのお姉様だし、ハルの未来のお義姉様でもある訳ですし、包み隠さず話しちゃいますね!」
もう結婚の事なんて考えてるのか、というツッコミは飲み込む。
「ハルは、ツナさんの事を考えると、ハートがきゅーんとして、息も苦しくなって、胸がいっぱいになるんです」
ふむ。ここまでは私となんら変わりが無い。どうやら私はちゃんと一般的な恋愛をしているらしい。
「ツナさんとは学校も違うし、毎日会える訳ではないので、会えただけでも一日中ハッピーになります! ちょっとしたトークをするだけで、もうきゅんきゅんしちゃうんです。次の日もずーっとツナさんの事考えちゃって、ニヤニヤしてる事なんてしょっちゅうなんですよー」
「あ、分かる。どうでも良いような会話でも、すっごい嬉しいんだよね」
「そうそう、そうなんですよ!」
ハルちゃんは賑やかに腕をばたつかせる。彼女は興奮気味に乗り出し、続けた。
「この間なんて、興奮冷めきれず部活で失敗してしまって……修行が足りていませんでした。ハル、痛恨のミスです」
「私も。今日授業中悶々としてたせいで、生まれて初めて廊下に立たされちゃった」
「えー!? もしかしてソラさんも好きな人がいるんですか?」
「ええ、まあ」
頬を掻きつつ答えると、ハルちゃんは目を輝かせる。
「もしかして、お相手は京子ちゃんのお兄さんだったり……」
瞬間。私は飲み込んだアイスティーを思い切り吹き出した。
「ぎゃー! ソラさん、大丈夫ですか!」
「げほっ!ご、ごめ、げほっ、ごめんなさい……!」
私は咳き込みながら、ナプキンを取ってテーブルを拭く。不幸中の幸いか、ハルちゃんにまで吹き掛からなかったようなのでそこは安心だ。
いや、違う。今大切なのはそんな事じゃない。
「何で了平君だって分かったの……」
「はひっ! やっぱりそうなんですね! 実は初めてソラさんとお会いした時から、そうなんじゃないかなーって思ってたんです」
ハルちゃんの言葉を聞きながら私は、ナプキンを掴んだままテーブルに突っ伏してしまう。これが突っ伏さずにいらいでか。いや、無理だ。
「それでそれで、お二人はいつからお付き合いされてるんですか?」
「付き合ってないよ! 私の片思いだから!」
「えっ、そうなんですか!? 何だか二人のワールドが広がってる感じだったのでてっきり」
「二人のワールドって……こ、告白すらしてませんから……!」
顔を上げて両手を交差するように大きく振ると、ハルちゃんは口を大きく開けて「そうだったんですかー」と漏らした。
おかしい。絶対におかしい。
私ってそんなに分かりやすいのだろうか。何だか周囲に続々とばれている気がする。この調子だと直接言ってこないだけで、獄寺君辺りにも気持ちがつつぬけているのではないだろうか。……大いにありうる。
下手したら、了平君も私の気持ちに気づいて――いや、残念な事に彼の様子からして、それはなさそうだなあ。
「ハルから見て、京子ちゃんのお兄さんとソラさんってフィーリングばっちりだと思います。きっと上手く行きますよ!」
「そうかなあ」
「そうです!」
そこでハルちゃんの眩しいくらいの笑顔。その表情を見ていると、何だか意味も無く上手く行きそうな気がしてくる。
「ハルも応援しますから、ファイトです! 頑張ってください!」
「ありがとう、ハルちゃん。私も、ハルちゃんみたいな妹が出来たら嬉しいな、頑張ってね」
「ソラさーん!」
私達は堅く手を握り合った。たった数十分話しただけだと言うのに、私達の中に物凄く通じ合う何かが出来てしまったような気がする。
その後も、私はハルちゃんと、周囲から聞いたらどうでも良いような話をだらだらとし続け、夕日が沈むころに解散した。
ガールズトーク
「おかえり、ソラ姉。遅かったね」
「ハルちゃんとお茶してたら、時間忘れちゃって」
「は、ハルとお茶ぁあ!?」
「ハルちゃん良い子だね。京子ちゃんみたいな妹が欲しいって思ってたけど、ハルちゃんがお嫁さんに来ても全然構わないよ、私。むしろハルちゃんみたいな妹が出来たらお姉ちゃん嬉しい。はあ、出来れば二人ともお嫁さんに来れば良いのに……無理だよね」
「何言ってんのおおお?!」
「ソラ、安心しろ。ツナは次期マフィアのボスだぞ。愛人の一人や二人、なんてことねー。京子とハル、二人を手にすりゃ解決だ」
「お前も何言ってんだリボーン!」
「ツナ、頑張って」
「頑張ってじゃないから! 俺は京子ちゃん一筋なんだってばー!」
(2011.07.31)